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デッドゲーム  作者: けせらせら
6/29

デッドゲーム・6

 一月二十七日(金)

  PM 3:15


 弘子は今日も朝から会社を出て、紅林のアパートを訪ねていた。

 朝からデッド・ゲームのことがどうにも頭から離れない。

 昨夜もほとんど眠ることが出来なかった。

 紅林が叩くワープロの音を聞きながら、弘子はソファに座ったまま大きくため息をついた。

「これでもう5回目だね」

 ワープロを叩く手を止め、くるりと紅林が振り返る。

「何が?」

 ハッとして顔をあげる。

「ため息さ。ここに来てまだ30分なのに5回もため息」

 今日も紅林は青いパジャマ姿のままだ。それだけ弘子に心を許してくれているのかもしれないが、あまり格好の良いものではない。

「そんなこと数えてたの?」

「弘子姉、今日はなぁんか元気ないよね」

「そ、そお?」

 慌てて笑顔を作ろうとするが、それがあまりにぎこちないことに自分でも気づいて止めた。

「何かあったの?」

「……別に……たいしたことじゃないわよ」

「それなのにそんなため息? 何かあったら話してみなよ。そりゃ俺なんてたいした力はないけどさ。でも、悩み事って他人に話すと結構すっきりするもんだよ」

 紅林の言葉がありがたい。それが出来るならどんなに楽になれるだろう。それでもさすがにデッド・ゲームのことは簡単に話せるようなことではない。

「ありがとう。でも、大丈夫よ」

「本当に?」

「ええ。だからタカボーはちゃんと仕事してちょうだい。原稿が遅れたら、もっと困ることになっちゃうわ」

「大丈夫、大丈夫。俺、絶好調だからさ」

「元気ね。なんか良いことでもあった?」

「ゲームの季節だからね」

「ゲーム?」

 その響きに思わず弘子は眉をひそめた。

「大丈夫だよ。仕事は仕事でやるからさ。たまーの気分転換」

「そお……でも、ゲーム機なんてどこにもないじゃないの」

 弘子は部屋を見回しながら言った。

「隣だよ、隣。ここは神聖な仕事場だからね」

「ふぅん。隣ってどうなってるの? まだ見せてもらったことないわよね」

 立ち上がろうとすると、紅林は慌てて止めた。

「ダメダメ! 隣は弘子姉でも見せられないよ」

「どうして? 少しくらい散らかってるくらい平気よ」

「そういう意味じゃなくてさ。こっちは神聖な仕事場、そしてあっちは神聖な趣味の部屋だからね」

「怪しいなぁ」

 笑いながら再びソファに腰を落ち着ける。

「今度、見せてあげるよ。弘子姉が元気になったらね」

「はいはい」

 紅林が再びワープロに向かうのを眺めながら、弘子はぼんやりと考えていた。

(ゲームか……)

 それがテレビ・ゲームならどんなに気が楽だろう。だが、自分たちが今向き合わなければいけないものは、そんな気軽なものではない。本当に命のやり取りが行なわれるデッド・ゲームなのだ。

 生き残るそのためには、ゲームに勝ち残るしかない。


 一月二十七日(金)

  PM 7:27


 早紀は弘子が自分の話にいらだっていることを感じていた。

「それってどういうことなの?」

 弘子はリビングを歩きまわりながら、強い口調でソファに座る早紀に言った。帰ってくるとすぐに早紀は間宮のことを弘子に伝えた。その話に驚いた弘子は仕事を早々に切り上げて帰ってきたのだ。

「だから、警備会社の間宮って人が一日百万の契約で私を守ってくれることになったの。だから、もう少ししたらその人が契約書を持ってくることになっているの。さっきから何度も言ってるじゃないの」

 早紀はテーブルの上に置いた間宮の名刺を指差した。

「そういうことじゃないわ。なぜ、そんな男と契約なんかするの?」

 早紀が自分に黙って間宮と契約の約束をしたことが弘子には気に入らなかった。

「なぜって……だって私はデッド・ゲームのせいで命を狙われるのよ。少しでも安全でいるために決まってるじゃないの」

「だからって一日百万なんて――」

「もし生き残ることが出来れば五千万の賞金が入るじゃないの。そうすれば一日百万くらいならなんてたいしたことないわ」

「たいしたことない……? あなた、本当にそんな大金が入ると思ってるの? デッド・ゲームがどんなものかもわからないのよ。誰かのただの冗談である可能性だってあるのよ」

「でも、現にこうして通知が届いたじゃないの」

 早紀はテーブルの上に置かれた青い封筒を手にした。

 今日になって早紀のもとへ『デッド・ゲーム事務局』からターゲットとして認定するという通知が届いていた。それは弘子のもとに届いた封筒とまったく同じものだった。

 弘子はその封筒を険しい目で見た。

「それはそうだけど……」

「生き残れればいい……そう考えたら安いものだと思う」

 弘子の心配もわかる気がした。それでも今は目の間にあるデッド・ゲームという危険から逃れる道が欲しかった。

 その時、インターホンのチャイムが鳴った。

「来たわ」

 早紀は急いで玄関に向かった。

 早紀の思った通り間宮だった。間宮はリビングに通されると、弘子を見て改めて名刺を差し出した。それから書類を広げ、もう一度早紀と弘子二人に対し契約の中身を丁寧に説明した。

「たいへん失礼ですけど――」

 間宮の説明が終わった後、弘子は上目使いに間宮を見ながら言った。

「何でしょう」

「こういったお仕事は長いんでしょうか?」

「と、言いますと?」

「つまりデッド・ゲームに対する仕事というのはやったことがあるんでしょうか?」

「……経験ですね?」

「ええ、契約書に書いてあるとおり本当に一千万を払うことによって早紀を守れるんですか? そもそも本当にデッド・ゲームなんてものがあるんですか? 賞金だって本当にもらえるかどうかわからないでしょう?」

「大丈夫……といったら藤谷さんには申し訳ないですがデッド・ゲームは存在しています。もし、ゲームの賞金が支払われなければ、あなたたちの支払い義務を免除することを契約書に書き込みましょう。なお、契約書に書いてある一千万という金額は、昼間も藤谷さんには申し上げましたが、だいたい十日でゲームを終わらせようという前提のもとでの金額です。間違いなく……とまでは言い切れませんが、この十日の間ターゲットを護りゲームを終わらせてみせましょう」

「契約といっても、さきほどの話だとそのうちの百万というのは前払いだそうですね。こう言ってはなんですけど、そちらとしては守ることが出来ても出来なくても百万という金額は入るわけでしょう。それに十日間で本当に終わるらせられるかどうかだってわからないじゃないですか」

「弘子!」

 弘子の言葉に驚いて早紀は弘子を止めようとした。けれど弘子は止めなかった。

「――後払いということならともかく前払いというのはそういう疑いを持たれても仕方ないんじゃないですか?」

「あなたとしては私どもを信られないということでしょうか?」

「はい」

 弘子はきっぱりと言い切った。だが、間宮は表情を変えなかった。

「そうですか。確かにそういう疑いをもたれるのは仕方がありません。正直言いますと私としてはデッド・ゲームのターゲットに選ばれた方の保護というのは初めてです」

「経験はないんですね」

「はい、けれど経験がないからといって自信がないというわけじゃありませんよ。今回のケースの場合、報酬金額の一割の前払いというのは会社の規則なのでそれを曲げるわけにはいきません。ただ、だからといって前金の百万を受け取って終わりになどするつもりありませんよ。藤谷さんの命はしっかりと守らせていただきます。それにその百万は準備金として利用させていただきます。あなたの気持ちもわかります。大切なお友達ですからね。けれど、他に彼女を救う方法がない今、私を信用するのが一番だと思いますよ」

 間宮は臆した様子もなくはっきりと言った。それは傍から見ても気持ちの良いほどだった。

 しかし、それでもなお弘子は詰め寄った。

「護るというのは? どうやって護るつもりですか? 本当のSPのようにずっと早紀にはりつきますか?」

 あまり問いつめて間宮の気分を害するのではないかと早紀はびくびくしていた。だが、それは早紀も聞きたいことだった。

「わかりました。お話しましょう。ターゲットである藤谷さんを護るためにやることは二つです。まずは今あなたが言ったように彼女に警備の者をつけます。デッド・ゲームが違法である以上、白昼堂々狙われることはないでしょう。ですから通勤途中と夜間の警備で十分だと思います。そしてもう一つ、まずカードマンと呼ばれる早紀さんを狙う権利を持った人を捜し当てます」

「それから?」

「相手が本当に早紀さんを狙う意志があるかどうかを確かめます。中にはほんの冗談のつもりでカードマンに応募した人間もいるかもしれませんからね。もしも早紀さんを狙うつもりであれば、いかなる方法を取ってもカードマンたちが早紀さんを狙えないように計らいましょう」

 間宮は相変わらずはっきりした口調で言った。

「そんな簡単にカードマンを割り出すことが可能なの?」

 弘子が口をはさんだ。

「カードマンは抽選により選ばれるということになっていますが、そのほとんどはマニアで占められます。あのホームページの存在そのものは一般的に有名じゃありませんからね。我々はそのマニアたちのリストを手に入れることが出来ます」

「それじゃ一般の人がカードマンに選ばれたとしたら?」

「確かにそうなると見つけ出すことは難しくなるかもしれませんね。ですが、その可能性は比較的低いでしょう。すでに過去のデッド・ゲームを調べてありますが、一般人がカードマンとしてターゲットをヒットしたのはわずかしかありません。考えても見てください。ホームページに書かれたあの情報だけをもとにターゲットを見つけ出すなんてこと一般人に簡単に出来ると思いますか? 相手はあなたの名前も住所も知ることが出来ないところから始まるんですよ。しかもカードマンはたったの5人。もし偶然に見つけることが出来たとして、殺人という行為に簡単に手を染めることが出来る人間がどれほどいると思います? 可能性は極めて低いんです。それに一般人のカードマンでも見つけ出すことがまったく不可能というわけではありません。若干時間がかかるとは思いますが見つけ出すことは可能です」

 きっぱりと答える間宮にさすがに弘子も口を閉ざした。

「わかってもらえましたか? それでは契約書にサインを」


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