デッドゲーム・5
一月二十七日(金)
PM 0:40
間宮という男が尋ねてきたのは翌日の昼だった。
憂鬱な気分で仕事をしている早紀の携帯に一本の電話がかかってきた。
間宮は『ライフサポート』というこれまで聞いたこともない会社の派遣員だと名乗り、ぜひとも会いたいと言ってきた。
昨日のこともあり、早紀は不安を感じずにはいられなかったが、それでも会ってみることにした。それは間宮の言葉のなかに
――弊社の仕事はお客様を『危険』からお護りすることです。
その一言があったからだ。
昼休み、早紀は早々に食事を済ますと間宮の指定した喫茶店に向かった。そこは早紀の会社からいくぶん近いところだった。
早紀が店に着くと、その姿を見てすぐに窓側の席に座っていた一人の男が立ち上がって手をあげた。
「あの……間宮さんですか?」
早紀が近寄ると銀縁の眼鏡をかけ、グレイのスーツを着た若い男がにこにこと笑って名刺を差し出した。いかにも営業マンらしく感じよく見える。年齢は20代後半だろうか。
「わざわざありがとうございます」
間宮は丁寧に頭をさげた。「どうぞ座ってください」
早紀は間宮に促されるままに、間宮の正面に座った。
ウェイトレスが近づいてくると早紀は紅茶を頼むと、間宮の顔をまっすぐに見た。
「どういうことでしょう」
早紀は間宮の差し出した名刺と本人を比べならば尋ねた。名刺には電話で聞いたとおり『ライフサポート エスエスケー』と書かれている。もちろん名刺などは誰がどのようにでも造れるものだから、それで間宮という男を信じたわけではない。
間宮もそんな早紀の疑いに気がついたのか妙に真剣な顔になった。しっかりと仕事の話に移して早紀の信頼を得ねばならないと思ったようだ。
「私、名刺にも書いてありますようにライフサポートという会社のものです。まあ、生命保険会社などのように華々しく宣伝しているわけでもなく、通常必要ともされないものですので知らないかとも思いますが……。私どものやっているのはわかりやすくいうと個人の警備員と言ったところでしょうか。SPとかいうほうがわかるかな?」
「警備? SP?」
有名人や政治家を護るあの仕事だろうか。
「はい……あ、いや、厳密に言えば違います。単純な警備以上にお客さまを危険からお護するのが仕事です」
「……はあ」
早紀がいまだ疑い深げに間宮を見ていることに気付いてか間宮は一度言葉をとぎり、水を一気に飲みそれから再び喋り始めた。
「ざっくばらんに申しあげましょう。この度私どもはあなたがネット上のゲームの標的にされるということを知りました」
「デッド・ゲーム」
思わず早紀はつぶやいた。その言葉を聞いただけで間宮が何を言わんとしているか早紀も気付いた。
「そうです。デッド・ゲームです。もちろんあなただってカードマンと呼ばれる人々によって狙われることは知っている。ご自分でも逃げ延びる……つまりゲームに勝つことを信じているからこそ応募したのでしょうが――」
「私、応募なんかしていません!」
「――え?」
間宮は早紀の言葉に驚いたように言葉を切った。ちょうどその時、ウェイトレスが紅茶を運んできた。間宮は一度眼鏡を外し、それを軽くハンカチで拭き取った。ウェイトレスいなくなると間宮は自分の聞き間違いをはっきりさせようとするように口を開いた。
「失礼ですが、なんて言われました?」
「私はデッド・ゲームに応募なんかしていません」
早紀はもう一度はっきりと言った。
「それは……カードマンとして? それとも――」
「カードマンでもターゲットとしても、それ以外にもいっさい私は応募などしていません。つい昨日までデッド・ゲームのことも私は知らなかったんです」
「え? どういうことです?」
間宮は目を丸くした。
早紀は昨日初めて雑誌の存在を知ったこと、そして自分がデッド・ゲームに登録されたことも知らなかったことを間宮に話した。デッド・ゲームという違法行為に加担してしまったということよりも、自分が望んでターゲットになったわけではないということを知って欲しかった。
間宮は早紀の話を真剣に聞いていたが、早紀の話が終わると一度深く溜め息をついたあと言った。
「なるほど。それは確かに問題ですね。さぞかし困っていることでしょう」
「ええ――私、そんなゲームになんて参加したくないんです」
早紀は思わず胸の辛さをつぶやいた。
「それじゃなおさら私どもがお役に立てるんじゃないかと思いますよ」
そう言って間宮はにっこりと笑ってみせた。
「え?」
「報酬は一日百万、もし十日間お守りするとして一千万、それでいかがでしょうか。こちらとしてはその契約期間確実にあなたの命をお護りしますよ。頭金として百万いただき、成功報酬として残りの金額をいただくことになります」
商売用の言葉なのかもしれないが、それでも間宮の言葉は頼もしく感じられた。だが、その金額に驚いた。
「一千万?……そんなお金ありません」
「命が助かることを考えればそのくらいは安いものでしょう。それに命が助かれば五千万という賞金も入ってくるんですよ。そう考えれば決して高い額じゃないでしょう。何よりも命がかかってるんですからね」
「ちょ、ちょっと待ってください。十日間というのは? ゲーム期間は十日間なんですか?」
ゲームが二月一日から始まることはホームページで知ることが出来た。だが、その期間についてはまだ早紀は知らなかった。
「失礼しました。説明の仕方が悪かったですね。ゲーム期間は十日間とは決まっていません。私が言ったのはあくまでも仮の話です。仮に十日間お護りしたときの話。ただ私としてはこの十日間で終わらせたいと考えています……いえ終わらせられるという自信があります」
「ごめんなさい……私にはまだゲームのことがよくわからないんです。いったいゲームの期間は何日間なんですか?」
「たいへん申し訳ありませんが、それについては私もはっきりとしたことを申しあげることは出来ません。私も調べはじめたばかりなのですが、このゲームに決まった期間はありません。きっと期間を一定期間に決めてしまうとターゲットに有利になりすぎてしまうからでしょうね」
「それじゃゲームはいったいいつ終わるんですか?」
「私も推測でしか言えませんが、このゲームには複数の終わり方があると思われます。一つはターゲットであるあなたが仕留められることです」
その言葉に早紀は眉をしかめた。それに気付き間宮はさらに続けた。「もちろんこれはターゲットの負けとなる。これはターゲットであるあなたにとっては論外の結末ですね。他に考えられることはカードマンがいなくなること。またはカードマンがターゲットを狙う意志をなくすことだと思われます。これこそがターゲットの勝利といえるでしょう」
「それじゃ何日間でゲームが終わるかもわからないじゃないですか? たとえ十日間護ってもらえたとしても十一日目に狙われるかもしれない。一ヵ月護ってもらえたとしても二ヶ月目に狙われるかもしれない」
「ご心配はもっともです。もちろんただじっとあなたを単純に護るだけでは何日かかっても無理でしょうね。つまりキーを握っているのはカードマンです」
全て把握しきっているような顔で間宮は言った。
「どうするつもりですか?」
「まずはカードマンが誰なのか、それを確かめなければなりませんね。誰がカードマンなのかがわかれば助かる方法も見つかります」
「カードマンを見つけることなんて出来るんですか?」
「まあ、邪の道は蛇とでも言いましょうか、今の時点ではこれ以上あまり詳しいことは言えませんが……ともかくさまざまな情報源からデッド・ゲームに関する情報をより多く集めます。そして……」
間宮は言葉をとぎりにやりと笑った。
「……そして?」
「契約していただけますか?」
その言葉に早紀は一瞬考えこんだ。間宮の言葉を全て信じることが出来るのか、それは疑問だった。デッド・ゲームの賞金として五千万はいってくるというのもはっきりとはわからない。しかし、間宮の言う通りかもしれない。一千万程度という金額で命が助かるのならば、それはありがたいことかもしれない。
早紀は決意した。
「わかりました。契約します」
「そうですか、ありがとうございます。それでは契約書ですが……今は?」
そう言って腕時計を覗いた。早紀も自分の時計をちらりと眺めた。
「あ、いけない!」
「え?」
「ごめんなさい。仕事なんです」
早紀は慌てて立ち上がった。「もう一時過ぎちゃってる」
それに合わせるように間宮も立ち上がった。
「そうですか……どうもお忙しいところすいません。それでは契約書は今夜お宅に伺うということでよろしいでしょうか」
「はい、お願いします。あ、でも家は?」
「知っています。失礼かとも思いましたが、あなたについても一応のことは調べてさせてもらいました」
見知らぬ人間が自分の住所を知っているというのはあまり気持ちの良いものじゃなかった。けれど、その反対にそれだけのことを調べられるということはデッド・ゲームに対してもそれだけの調査能力を持っているということだ。
早紀はデッド・ゲームに対して一筋の光を見出だしたような気がしていた。