デッドゲーム・27
二月七日(火)
AM11:30
チャイムを押してぼんやりと待つ。
少し間があってから紅林が顔を出した。
「いらっしゃぁい」
弘子の顔を見て笑顔を見せる。
いつもと同じパジャマ姿。少し違っているのはパジャマの色が黄色になったことだ。
以前、雑誌のインタビューでパジャマを部屋着にしていると答えたところ、すぐに全国各地のファンからパジャマが届いた。今、紅林が着ているものもそのなかの一つだ。
「はい、差し入れよ」
弘子は笑顔を作って、紅林にシュークリームのはいった箱を手渡した。
「いつもアリガトねん」
おどけるように言いながら紅林はシュークリームの箱を受け取る。どこか妙にテンションが高い。その紅林の横を通り抜けながら、弘子は部屋へと入っていった。
「どう調子は?」
「バッチリですよ」
「良かった。じゃ締め切りには余裕よね」
いつものようにソファに腰を降ろす。
「それはどうかなぁ……」
紅林は早くも箱からシュークリームを一つ取り出してかぶりつく。
「どうして? バッチリなんでしょ?」
「……いや……体調はバッチリなんだけどね。お仕事はちょっと……」
唇の周りをクリームだらけにしながら紅林は言った。
「何? 書けてないの?」
「あまり進んでるとは言えないかなぁ」
「何よ、しっかりしてよ」
弘子はテーブルの上に置かれたティッシュボックスを紅林に差し出した。紅林はティッシュを抜き取ると、口を拭きながら――
「ちょっと気持ち的に集中出来ないんだよね」
「どうして?」
「うーん……気になることがあって……」
「何なの?」
少しイラつきながら弘子が訊く。紅林はティッシュを丸めてポイとゴミ箱に投げ入れると、弘子の隣に座った。
そして、じっと弘子のことを見つめ――
「俺、弘子姉のこと本気で好きになったかもしれない」
その言葉に弘子は唖然とした。
「はぁ?」
「俺、弘子姉みたいな強い女って好きなんだよなぁ」
「冗談言わないでよ」
「冗談じゃないよ。前にも言ったじゃんか」
「だって……あれは……」
心臓が高鳴り始める。確かに最近は紅林のことを一人の男として意識するようになっている。だが、こんな急に告白されるとは思ってもみなかった。
「どお? 俺と付き合ってみない?」
紅林が真剣な眼差しで弘子を見る。
「そんな……」
「いいよね?」
ジッと弘子を見つめる紅林の顔がゆっくりと近づいてくる。
「ごめん!」
近づいてくる紅林の身体を両手で押さえ、弘子は頭を下げた。
「え……」
断られると思っていなかったのか、紅林はキョトンとした顔で弘子を見た。
「ホント、ごめん!」
「どうして? 田代修一のことが忘れられないの? 全然、連絡ないんだろ? もう別れたのと同じじゃないか」
「ううん……」
「じゃ、どうして?」
「タカボーのことは好きだよ。私もタカボーのことは少し意識してたんだ……だけど、やっぱり男としては見れないよ」
本当の気持ちだった。先日、冗談のように好きだと言われてから、いつも男としての紅林の存在を気にするように心がけていた。それでもやはり恋人としての紅林の存在を想像することが出来なかった。
「そんな……」
「ごめん!」
両手を合わせ、もう一度頭を下げる。紅林は頭を下げている弘子を困ったように見つめていたが、やがて――
「そっか……しょうがないか」
軟らかな声を出した。
「ごめんね」
弘子が顔をあげる。
「いいさ。諦めるよ。弘子姉も気にしないでね」
少し無理しているような笑顔だったが、ピョンと飛び上がってソファから降りる。
「うん。ありがと」
「んじゃ、とりあえず傷心を癒すために仕事がんばろっかなぁ」
紅林は大きく背伸びをすると、ワープロの前に座った。
その紅林の姿を見つめ、弘子はほっと胸を撫で下ろした。作家と編集者、きっとこの関係が一番二人にとって良いのだろう。
これからもずっとこの良い関係を続けていきたい。
(恋愛って難しいな)
修一よりもずっと紅林のほうがかわいく思える。それでも紅林を恋愛対象として考えることは出来なかった。
ふと小さな疑問が頭に浮かぶ。
(あれ? 修一の名前……タカボーに教えたことなんてあったっけ?)
二月七日(火)
PM 2:50
その電話を受けたとき、弘子はファミレスのなかで休憩をとっているところだった。ここ数日休むことが多かったため仕事が溜まっている。
他の客を気遣いながら弘子は携帯電話を耳にあてた。
――ひさしぶりだなぁ
田代修一の声だ。
修一が北海道に転勤してからすでに二ヶ月。
早紀には言っていなかったが、修一とはまったく連絡がとれていなかった。転勤になる前からすでに関係がギクシャクしていたため、弘子はもう別れたつもりでいた。
――元気だったか?
「何なの? 今ごろ?」
突き放すように弘子は言った。修一にもはや未練はなくなっている。
――そんな言い方冷たすぎるぜ
「どうしたの……?」
突然の電話に嫌な予感がした。
――話があるんだ
「え?」
――今日、これから会えないかな?
相変わらずの自己中心的な物言いに弘子はいらついた。
「帰ってきてるの? 今までどうして連絡くれなかったのよ?」
――ああ、大事な用事があって戻ってきたんだ。いろいろ忙しかったんだよ。そう怒るなよ
笑い声が聞こえる。
「大事な用って何?」
――会ってから話すよ
「今さらあなたと話すことなんかないわ。別れ話だったら別に今ごろしなくてもいいわよ。さよなら」
ぷつりと電話を切った。
もう修一のことは忘れると決めていた。
だが、すぐに携帯電話は再び鳴り出した。
「……はい」
――冷たいこと言うなよ
修一だった。
「何考えてるのよ。話なんてないって言ってるでしょ」
――俺とおまえの話じゃない。
「じゃあ何の話?」
――ゲームの話に決まってるだろ
その言葉に顔が強張る。
「まさか……あなた……」
――その様子じゃ何の話かはわかってるみたいだな。
「……なぜそのことを? あなたが早紀を……? ひょっとして私の名前でカードマンに応募したのもあなた?」
――カードマン? おまえ、カードマンになったのか?
弘子の声の震えに修一の声がはずむ。
「何考えてるのよ……」
――決まってるだろう。俺たちの目の前に大金が転がってるんだぜ。それを見逃す手はないだろう
「ふざけないで」
――まぁ、詳しい話はあとにしようぜ。マンションに行けばいいか? 早紀も含めて話をしてみるか?
からかうような声で修一が言った。
「ま、待って……仕事の帰りに会うわ」
そう言うと待ち合わせ場所を伝えると電話を切った。修一を早紀に会わすわけにはいかない。
ゲームのルールとしてカードマンでない修一が早紀を狙う「権利」を持っていないことはわかっていた。けれど、修一はそんなことで諦めたりするような男ではない。弘子に賞金が落ちるように早紀を狙うことも十分に想像出来た。
(なんとかしないと……)
早紀を護るためにどうすべきかを、弘子は繰り返し考えつづけた。
二月七日(火)
PM 5:40
上司に嫌味を言われながらも、弘子は仕事を早めにきりあげると修一と待ち合わせをしているファーストフードのお店にはいった。
店内は帰宅途中の学生が席を埋めている。
窓際のカウンター席で、のんびりと煙草をふかしてる姿が見えた。
弘子が近づいていく姿に気がつき、にやりと笑ってその手をあげた。
「ひさしぶりだなぁ」
仕事を辞めたのだろうか。髪が真っ赤に染まっている。ジーンズに皮ジャン、どう見てもまじめに仕事をしている人間には見えない。
「どういうつもりなの? 今まで連絡もしないで急に……」
弘子はその隣に座った。
「いろいろ都合があってさ」
「仕事してるの?」
「ん? ああ……してるさ、今日はちょっと休みをもらっただけだよ」
目をあわそうとしない。昔から嘘をつくときは決して目をあわそうとはしなかった。
「あなた営業でしょ。そんな頭で営業が出来るの?」
「あの会社は辞めたんだよ」
「それじゃ――」
「そんな話どうでもいいじゃねえか!」
修一はうるさそうに弘子の言葉を止めた。
「どうでもいいって……」
「そんな話くだらないな。もっと実のある話をしようぜ」
「……」
「わかるだろう。ゲームの話だ」
煙草を灰皿に揉み消すと、修一は弘子のほうへ顔をよせた。
後ろのテーブル席の女子高生がひそひそと弘子たち二人のことを話しているのが聞こえる。痴話げんかとでも思っているのだろう。
「いいわ……どういうことなの?」
「ちょうど北海道に転勤に決まった頃に、麻雀仲間から[リスク]っていうホームページのことを教えてもらってね。ひょっとしたら良い金になるかもしれないって思ったんだ。まさかあいつがターゲットになってたとはなぁ」
「それで? どうして早紀をターゲットになんてしたの?」
「ん? 何言ってるんだよ」
「あなたが私たちの名前を使って応募したんじゃないの?」
「俺は何も知らねえよ。ま、そんなことはどうでもいいじゃないか。おまえ、カードマンになれたんだろ。ああいうぼんやりしたお嬢さんがターゲットなら簡単だ」
「そんな……ひどいと思わないの? 早紀はそのせいで苦しんでるのよ」
「別に、あいつが苦しもうとそんなの俺は知らねえよ。それにしても、久々にホームページにつないでみてびっくりしたよ。あいつの顔がのっかってんだもんな。あれじゃまるで賞金首だよな。5千万か、すごいよなぁ」
そう言って修一は笑った。
「何考えてるの?」
「何って目の前に金が転がってるんだぜ。それに手をださないほうが馬鹿だろう。それに金が必要なんだ」
「何言ってるの?」
「ちょっと借金があってな……」
「まじめに働いて返せば?」
「それが出来れば苦労しねえよ。時間がねえんだよ」
修一が金銭にルーズだったことを思い出した。きっとモグリの金融会社から金を借りたのだろう。一度でもそういう金融業者から金を借りてしまえば、あとは利息に追い回され次々に自転車操業をしなければならなくなる。
「自己破産でもしたら?」
学生時代から二年もの間つきあっていたことが不思議になる。
(なぜ、こんな男を好きだったんだろう)
今ではすっかり修一に対する思いはなくなっていた。修一がひどくつまらない男のように思える。
「ふざけるなよ。そんなんで許してもらえるわけないだろう。そんなことしたら殺されちまうよ」
さすがに暴力団が絡んだ裏の金融業者は修一も怖いらしい。
「それは修一の問題でしょ」
「おまえは俺が殺されても構わないっていうのか?」
「私にはあなたより早紀のほうが大切なの」
「なぁ、目の前に賞金首がいるんだ。簡単に5千万が手にはいるっていうのに、迷うことなんてないだろう」
「なんてことを……あの子に手を出さないで」
きっぱりと弘子は言った。
「何言ってんだよ。おまえ、あいつの保護者にでもなっちまったのか? 他の奴に取られてからじゃ遅いんだぞ」
「大丈夫、私が護るわ!」
カードマンのうち四人がすでに死んでいることを修一は知らない。もちろん教えるつもりもなかった。
「何馬鹿なことを――」
「あなたにはゲームに参加する権利はないはずよ。あなたはターゲットでもカードマンでもないのよ。もし、あなたがあの子を狙うつもりなら私が許さないから」
「おい――」
「それとあなたとの関係ももうおしまい。もう二度と連絡しないで」
そう言うと弘子は席を立った。
だが、心のなかで修一が諦めるはずがないということを弘子はわかっていた。
(なんとかしないと……)
場合によっては早紀にはいる五千万の一部を修一に支払わなければいけないかもしれない。弘子の頭のなかに間宮の拳銃が浮かんでいた。




