デッドゲーム・25
二月七日(火)
AM 2:20
眠ることが出来なかった。
早紀には精神安定剤を飲ませたが、弘子自身は今夜は薬を使いたくはなかった。夢のなかにまであの時のシーンが出てきそうな気がして怖かった。
フロントガラスに飛び散った血飛沫。
ベッドに入って一時間、ずっとあの時のことが頭から離れない。手のなかにまだあの時の感触が残っている。
弘子は暗闇のなかでじっと手を見つめた。
拳銃を今井の頭に向けて撃ったあの時。あの時の拳銃の衝撃がそのまま手のなかにずっと残っている。何度、手を洗っても火薬の匂いがとれないような気がした。拳銃は間宮の資料とともに箪笥の奥に隠してある。
後悔はしていなかった。早紀がターゲットに、そして自分がカードマンになったことがわかったときから何があろうと早紀を護ろうと決めていた。
今井自身、これまですでに二人の人をゲームのなかで殺している。間宮の資料を見たときから、今井のことだけは殺さなければいけないと感じた。この男だけは間違いなく早紀を狙ってくるだろうと思った。頭から血を流し運転台に倒れる今井の姿を見たとき、胸のつかえがとれるような気持ちになった。
だが……この手に残った感触が気持ち悪かった。なぜだろう、以前旅行先の射撃場で撃ったときには爽快感が残ったのに……。相手が本当の人間だとこんな嫌な感覚が残るのだろうか。
早紀にしても同じかもしれない。
早紀の手には微かに血がついていた。
帰ってきた早紀に話を聞き、弘子は土居を後回しにしたことを悔やんだ。泣き崩れる早紀を抱きしめながら、彼女が生き残ってくれたことを神に感謝した。
(でも……もう終わった)
すでにカードマンのうち四人が命を落としたことを弘子は知っている。間宮によって二人、早紀の手で一人、そして弘子の手で一人……。彼らにはどんな家族がいるのだろう。彼らの家族はこのゲームのことを知っているのだろうか。
早紀の話から掃除人によってその死体が始末されたということは早紀が警察に追われることはないということだろう。今井の事件が報道されないのは、今井の死体もまた掃除人によって始末されたのかもしれない。もし、警察に今井の死体が発見されたとしても、今井と自分を結び付けるものは何もないはずだ。
五人のカードマンのうち残ったのは弘子ただ一人になった。
もう早紀が狙われることはない。
すべてを知らない早紀にとってはまだ不安でいっぱいかもしれない。間宮と田川がなぜ行方を消したかも知らなければ、四人のカードマンが死んだことも知らない。早紀が知っているのは、一人のカードマンに襲われ、逆に殺してしまったという事実だけ。
だが、不安はあったとしても知らないほうが幸せなのかもしれない。自分の周囲で四人もの人間が死んだと知れば大きなショックを受けるだろう。
2、3日会社を休んでいれば、近いうちにゲームの終わりが告げられる。そうすれば全てを忘れてもとのような生活に戻れるだろう。
(忘れてしまえばいい……)
自分自身、すべてを忘れてしまいたかった。
すでにカードマンが弘子しか残っていない今、ゲームは終了したように弘子は感じていた。
二月七日(火)
AM 9:14
「おい、起きろよ」
田代修一はその声で目が覚めた。
この部屋の主である浅井信夫が見下ろしている。三交代制の製造工場で勤める浅井が夜勤明けで帰ってきたところだった。
「う……ん」
頭の奥がジンジン痛んでいた。昨夜の酒がまだ残っているようだ。
「まったく……いいかげんにしろよ」
浅井は修一の態度にむっとしている。
修一の大学の同級生である浅井の部屋に転がり込んで一ヶ月半が過ぎようとしている。会社の同僚と金銭トラブルを起こして北海道の子会社への出向で引っ越したのは十二月初め。だが、十二月末にはその仕事に嫌気がさして舞い戻ってきていた。
初めは修一のために部屋に住むことを快諾してくれた浅井だったが、一ヶ月以上が過ぎ、それでもまともに仕事も住むところも捜そうとしない修一をしだいに持て余しはじめていた。
「悪い悪い……」
修一は目をうつろにさせながらベッドをあけた。
「そろそろ仕事捜せよ」
「ねえんだよ」
「真面目に捜してないんだろ」
「そんなことねえけど……」
修一は今浅井がテーブルの上においた煙草から一本取り出し火をつけた。その修一の行動を浅井はジャージに着替えながら一瞥すると修一が空けたベッドに潜り込んだ。
「悪いけど近々出てってくれよな」
「なんだよ……それ。友達がいのない奴だな。冷たいこと言うなよ」
「ふざけるなよ。どうして俺がおまえをいつまでも養ってやらなきゃなんねえんだよ。ここに来てもう一ヶ月以上過ぎてんだぞ」
「うん、わかってるよ」
修一は適当に答えながら携帯電話でWEBの「出会い系サイト」を検索しはじめた。
「まじめに考えろよ」
「ちゃんと捜してるんだけどなぁ。なかなか良い仕事がないんだよ」
もちろんまじめに働く気などなくしていた。まじめに働くのは自分の性に合わない、という自分勝手な考えがしっかりと頭のなかに根づいている。
「ふざけんなよ。その態度のどこがまじめなんだよ。いまどき良い仕事なんてあるわけねーだろ!」
浅井は破棄捨てるように言うと、苛立ちを押さえるように修一に背中を向けた。浅井にしてみても不況が原因で三交代制の製造ラインでの仕事しか見つからなかったのだ。それでも今の不況を考えれば高望みするわけにはいかない。
そんな浅井をまったく気にすることもなく、修一は携帯電話のディスプレイを見つめた。
(だめだ、こりゃ……)
適当な女を見つけ転がり込むつもりだったが、めぼしい相手が見つからない。修一は自分の容姿に自信を持っていた。いざとなればホストクラブにでも勤めればいい、という安易な気持ちだった。
まじめに働く気はなかったが、それでも金は必要だった。
モグリの街金融からかなりの借金をしていた。もともと借りたのは百万程度だったが利息が増え続け、今では一千万近い金額になっている。借金取りからは逃げつづけているが、今、見つかればただでは済まないだろう。
気晴らしに「お気に入り」に登録されているサイトを覗いてみる。
その瞬間、修一ははっとしてその画面を見つめた。
そこには『デッド・ゲーム』の文字と早紀の写真が写っていた。




