デッドゲーム・22
二月四日(土)
PM10:56
足が震えている。
(いったい俺は何をやってるんだ)
暗い立体駐車場の最上階の一角に立ち、山岸は緊張に震えながら時が来るのを待っていた。
――つまらない詮索は止めろ
その電話がかかってきたのは昼を過ぎた頃だった。
その低い声を聞いた時、山岸の頭のなかに記憶が蘇ってきた。
(この声を俺は知ってる)
次の瞬間、山岸は受話器に向かって叫んでいた。
「おまえ……藤堂なのか?!」
一瞬、沈黙が流れた。
その一言を言った後に山岸は後悔した。もし、それが当たっていたとしても外れていたとしても、その一言は山岸を危険な立場に追い込むことになるかもしれない。
――品川にあるサンリツ立体駐車場の最上階に今夜11時に来い。
電話はぷつりと切れた。
1フロアに15台ほどを停めることが出来る程度の小さな立体駐車場で、今はほんの数台が停められている。
そんななか、山岸は電話の声を思い出していた。
(あれは本当に藤堂だったのか?)
自信があって言った言葉ではなかった。無意識のうちに発した言葉だった。
ちらりと腕時計を見るとちょうど11時になろうとしているところだ。
その時、突然、正面に停められていた黒塗りの車のヘッドライトに明かりが点り、山岸の身体をまぶしく照らした。
思わず、山岸は手で灯りを避けた。
(人がいたのか)
車から人影が姿を現すのが見える。ヘッドライトの眩しさではっきりと相手の顔はわからないが、その身体の大きさは感じ取れる。
「山岸孝則か」
黒い皮のトレンチコートを着込んだ長身の男が山岸に向かって声をかけた。
「ああ……そうだ……いったいなぜ俺を呼び出したんだ?」
「警告のためだ。つまらない詮索はやめたほうがいい」
「いったいおまえ……誰だ?」
(藤堂なのか? 藤堂なんだろ?)
その言葉を山岸はぐっと飲み込んだ。
「[掃除人]だ」
「[掃除人]?」
「そう呼ばれている」
「……俺を殺すつもりか?」
「このまま詮索を続けるならそうなるだろう。俺が誰なのかも『デッド・ゲーム』のことも全て忘れることだ。そうすれば死ぬことはない」
「わざわざそんなことを言うためにここに呼び出したのか?」
「……俺はあんたを殺したくない」
ふと声の質が変わった。
「藤堂……なんだろ?」
おそるおそるその名前を口にした。
「その名前はもう捨てた」
「なぜだ? なぜこんなことになったんだ?」
「詳しい話をすることは出来ない。もし、いずれ元の自分に戻れることがあったら……その時また会おう」
「……お袋さんのことはどうするんだ? ずっとおまえが帰ってくるのを待っているんだぞ」
「お袋には悪いと思っている。けれど、あの夫婦はもともと俺を育てる事が仕事だったんだ。それなりの報酬は払われている」
「な……」
「お袋は知らない事だ。けれど、親父は俺を育てる事を仕事として引き受けた。全ては俺が生まれる時から決められていたことだ」
「桜庭雄一郎か?」
そう言った瞬間、男の手がわずかに動き、山岸の左足に激痛が走った。
「う……」
立っていることが出来ずに思わずがくりと膝をついた。見ると左足の太股に細く小さなナイフが突き刺さっている。
「その名前は口にしてはいけない。山岸……全て忘れるんだ。これは昔の友人としての忠告だ。もし忠告を無視する事になれば、その時こそ[掃除人]としておまえの前に現れることになる。[掃除人]は忠告も交渉もしない。[掃除人]は消し去るだけだ。おまえも簡単に消せる」
それがただの脅しではないことは山岸にも感じられた。その気になれば、今、足に突き刺さっているのと同じものが自分の心臓に突き立てられることになるだろう。
「藤堂……」
「忘れるんだ!」
再び凛とした声に戻る。「そしてこの件から手を引くんだ!」
そう言うと男は再びドアを開けて車に乗り込もうとした。
「――待ってくれ!」
山岸は追いすがった。「今度のゲームのなかでターゲットになっている藤谷早紀という女がいるだろ?」
男の動きが止まった。
「その女がどうした?」
「その女は偶然、ゲームに巻き込まれたに過ぎない。自分で応募もしていないのにターゲットに選ばれたんだ。デッド・ゲームがもしも一般の人たちを狙うようなものだとしたら……俺はデッド・ゲームのことをあくまでも調査するぞ!」
鼓動が高鳴る。
あの写真に写っていた3人のことが頭に浮かぶ。
元警察庁長官の牛島博人、元国会議員代議士の前島直樹、そして桜庭雄一郎。どれもが山岸など殺すつもりになれば簡単に抹殺出来るような相手ばかりだ。こんな脅迫など通じる相手ではないということは、山岸にもわかっている。
それでも今、目の前にいる藤堂ならば――
「わかった」
男はぼそりと言うと車に乗り込みドアを閉めた。そして、エンジン音を響かせて、山岸の前を通り過ぎていった。
暗闇が再び駐車場を包む。
(終わりにしよう)
ズキズキと痛む左足を押さえながら、山岸は[掃除人]の言葉のとおり二度とデッド・ゲームのことは調べまいと心に誓った。
二月五日(日)
AM11:50
公演のベンチに座り、土居は冷たい風のなかぼんやりと思案していた。
公園に来るのが好きなわけではない。給料全てを洋子が管理しており、土居には昼食代として一日五百円だけが渡されている。そんな状況では休日には部屋でゴロゴロしているか公園しか行くところはなかった。
子供の頃、よく父に公園に連れてきてもらったことを思い出した。
父は役場に勤めていた。仕事を休んだことがないことが父の唯一の自慢だった。どこにでもいる当たり前の父親。別段趣味もなく、休みになるとやぼったい服装をして子供を連れて公園にでかけた。堅実に生きることしか出来ない父。そんな父を土居は子供の頃から軽蔑していた。もっと違う生き方をしたいとずっと願ったきた。だが、結局自分も父と同じような生き方をしている。何の趣味もこだわりもなく、ただ平和に平々凡々と毎日を生きている。唯一、自分にとって自慢できるのが妻の洋子だった。洋子がいることで『自分は違うんだ』と思うことが出来た。だが、その洋子を今失うかもしれない。
明日には会社に対して身の振り方を回答しなければいけない。
転勤するか、それとも辞職するか。当然、会社が望んでいるのは土居が辞表を出すことだ。それは土居にもよくわかっている。
「ちきしょう」
土居は小さく呟いた。頭にぼんやりと課長の佐賀の顔が浮かんだ。
転勤にしても退職にしても、どちらの答えを出すにしても、洋子は自分を捨てることになるのだろう。もともと洋子にとって自分は安定した生活を与えてくれる存在でしかないことを土居はわかっている。
今日もまた洋子は娘の康子を保育所に預け、男の車でどこかへ出掛けている。結婚した当時は洋子もこっそりと出掛けていったものだが、今では男と出掛けることを隠そうともしない。何もいえない土居をあざ笑うかのように堂々と出かけていく。
そのことを強く攻めることが出来ない自分が歯痒かった。洋子はきっと自分のことをただの生活を安定させる道具程度にしか見ていないのだろう。
(どうすればいい?)
どう考えても良い答えなど考え付かなかった。
向かいのベンチにぼんやりと座る初老の男の姿が見える。サラリーマンだろうか。冷たい風の吹くなかで、男は鞄のなかから弁当箱を取出しその場で食べはじめた。リストラされた会社員だろうか、男の座る脇に求人情報誌が置かれているのが見える。一瞬、その姿が自分の姿と重なって見えた。
(嫌だ)
思わず土居はその男から目を背けた。
土居も昨日からパソコンを使って求人情報を検索していたが、そこに土居の求める仕事は見つけられなかった。給与や待遇がいいものは全て技術専門職だ。土居のような事務職を求めている会社はどこにもない。
(金さえあれば……)
家のローンはまだほとんどが残っている。今、仕事を失うということは家を手放さなければならないのと同じ事だ。父に頼ることは出来ない。洋子と結婚したときから両親とは疎遠になっている。助けを求めに行けば、それ見たことかと洋子と別れることを勧められるに決まっている。それに停年を過ぎ細々と地道に暮らしている父に金を無心することなどは不可能だろう。
洋子を自分のもとへ置いておく最大の手段が金であることは土居もわかっている。金さえあれば洋子は『離婚』などと言い出すことはないだろう。
一瞬、頭のなかに一つの言葉が浮かんだ。
(デッド・ゲーム……)
ターゲットを仕留めれば五千万の金が手にはいる。
先日、偶然に見た早紀の顔が思い出された。




