デッドゲーム・21
二月三日(金)
PM 8:21
(いつものように早紀と話が出来るかな……)
自分がいつもの自分でいられるかどうか不安だった。
あの部屋に一人でいることが恐かった。無理して会社に出たもののやはりまともに仕事が出来る状態ではなかった。一日をぼんやりとして過ごし、何度もミスをしては先輩に叱られつづけた。
この時間にはもう早紀は帰っていることだろう。
マンションの前を通り掛かったとき、田川の車が部屋の前に見えないことに気付いた。まだ早紀は帰っていないのだろうか……。
(どうしたのかしら……?)
弘子は足早にマンションに入った。昼間、人が殺されるところを初めて見たことが不安を一層かきたてていた。
(何かあったんじゃ……)
エレベータを降り部屋の鍵を開けた。
「おかえり」
キッチンで料理をしてる早紀の姿が見えた。安心から肩の力が抜けていく。シチューの良い香がしている。
「あ……ただいま」
「早かったね。ご飯食べる?」
「う……うん……そういえば警備の人はどうしたの?」
「田川さんのこと? 彼、どうかした?」
鍋のシチューをかき回しながら早紀は不思議そうな顔をした。
「表に見えなかったよ。今日は警備なし? 一人で帰ってきたの?」
「え? 外にいなかった? 帰りは送ってもらえたけど……」
その言葉に弘子ははっとした。
今朝の間宮の姿が脳裏によみがえってきた。
(まさか)
「そ……そう……じゃ、コンビニにでも行ったのかな」
弘子はごまかそうとした。
おそらく自分の予想はあたっているだろう。すでに田川も間宮と同じようにあの『掃除人』によって始末されてしまったことだろう。
――俺はゲームを壊すものを排除するだけだ
男の言葉が思い出された。
「大丈夫かしら……何かあったんじゃ……」
早紀が不安そうな顔でドアを開けようとした。弘子は慌ててそれを止めた。
「……だ、大丈夫じゃないの?」
「間宮さんにも連絡とれないの」
「え……」
その名前に一瞬顔が強張るのが自分でもわかる。
「帰ってから電話してみたんだけど、連絡がとれないのよ」
「そう……」
「明日、あさっては田川さんは休みだっていうの。おそらく間宮さんが来てくれるんじゃないかって彼は言ってるんだけど……」
「でも、休みなんだからここにいれば安心よ」
「うん……そりゃそうかもしれないけど……」
早紀は少し不安そうな顔をした。
「大丈夫よ。明日、あさっては私も仕事休みだもの」
「そう……」
弘子が休みだという話を聞いて早紀は安心したような顔になった。
二月四日(土)
AM9:15
間宮からの連絡は結局なかった。
そして、田川の姿もまた消えてしまっていた。
(どうしてしまったんだろう……)
朝になり早紀はその不安はますますつのらせていた。
「ねえ……間宮さん、どうしちゃったんだろう……」
リビングでコーヒーを飲む弘子に声をかけた。落ち着きなくリビングを動き回るその早紀の姿を弘子はちらりと見た。
「さあ……休みなんじゃないの?」
ソファに座り膝のうえのファッション雑誌に目を通しながら弘子は答えた。
間宮のことはしらを切りとおすことに決めていた。間宮の死体は決して見つかることはないだろう。いずれゲームが終われば早紀も忘れるはずだ。
「そんな……土日は間宮さんが対応してくれるって話だったわ」
「それじゃ、逃げたのかもしれないわね」
ぼそりと弘子はつぶやいた。
「逃げた?」
「早紀、あなたはもう前金で百万渡してあるのよ。途中で放り投げて逃げたということも考えられるじゃないの」
「そんなことする人には思えない。それに田川さんだっているのよ。あの人は真面目な人だと思う……」
「……それじゃ彼らに何かあったっていうの?」
「わかんないわ。わからないから不安なのよ。私、やっぱりもう一度電話してみる」
そう言って早紀は部屋に戻り携帯電話のメモリから間宮を呼び出した。
1コール、2コール……やはり間宮は電話には出なかった。
その様子を見ないふりをしながら、弘子はじっとうかがった。間宮が電話に出るはずがない。すでにあの男によって処分されたことだろう。掃除人によってトランクに詰められて連れていかれた光景が頭に蘇ってくる。
「どう?」
諦めて携帯電話を閉じた早紀に声をかけた。
「だめだわ……」
「そう……」
「会社に電話してみようかしら……」
「彼の?」
「ええ……」
そう言うなり早紀は再び部屋に戻り、間宮の名刺を取出した。そして、すぐにダイヤルする。
今度はすぐにつながった。
丁寧な言葉で受け付けが出た。
「あの……間宮さんいらっしゃいますか?」
――いえ、今日は出社していませんが
「私、警備をお願いしている藤谷といいます」
――お世話になっております
「あの……昨日から間宮さんに連絡とれないんです……田川さんも警備していてくれたはずなんですが、昨夜から姿が見えません」
――そうですか……申し訳ありません
「大至急連絡を取りたいんです」
――わかりました。急ぎ本人に連絡をとらせていただきます。そちらはご自宅ですか?
「ええ、そうです」
早紀は念のため電話番号を伝えると電話を切った。
「連絡は?」
「ううん……間宮さんは出社してないって……すぐに連絡をとってくれるって」
「そう……」
たとえ会社からのものであっても間宮に連絡をとることは出来ないだろうと弘子は思った。今は来週からのことを考えなければいけない。
カードマンは自分を含めてあと三人。
二月四日(土)
AM9:48
妻の洋子が外出の支度をしているのを眺めながら、土居はどう話を切り出そうかと迷っていた。初めて見るブランドものらしい赤いスーツが眩しかった。またローンを組んだのだろう。毎月のように洋子宛にクレジット会社から明細が届いていることは土井も知っている。
今日もデートだろうか……やけに化粧を丁寧にしている。娘の康子はすでに保育園に送っていってある。
「どうかしたの?」
鏡を覗きながら、洋子は背後で自分を見ている土居を気になって訊ねた。
「あ……あの……」
「何? 話だったら早くしてね。友達が十時には迎えにくるの」
その言葉に土居は勇気をふるった。
「じ……じつは……会社のことなんだ……」
「何かあったの?」
「その……今度、新しい仕事をすることになったんだ……」
「仕事? どんな? あなたに書類整理以外のことが出来たの?」
冗談なのか皮肉なのか洋子は軽い口調で言った。
「え、営業なんだ」
「営業? あなたに営業なんて出来たの?」
そう言って洋子は笑った。洋子の態度は完全に土居のことを見下していた。
「う……うん……それで一緒に行って欲しいんだ」
「え?」
思わず洋子は振り返った。土居が何を言っているのか理解出来なかった。「あなた、さっきから何言ってるの? 私がどうしてあなたの営業についていくの?」
「あ……違うんだ……」
土居はやっと自分が大事な一言を言っていないことに気付いた。
「何が違うの?」
「その……転勤なんだ」
「転勤? どこへ?」
その言葉に洋子は眉をひそめた。
「その……シンガポールなんだ……シンガポールで新しく出来る営業所で営業を……だから一緒に……」
土居が全てを話終わるまえに洋子は立ち上がった。
「ふざけないで! 私がそんなところについていくと思う?」
怒っていることが一目でわかる。
「だ……だけど……」
「行きたければあなた一人で行けばいいじゃないの。私は行かないわよ」
「お、俺だって別に行きたいわけじゃないよ。で、でもそいつを断ればクビになるんだよ。それでも良いっていうのか?」
「何言ってるの。私はあなたに行くななんて一言も言ってないわよ。あなたが一人で行くなら私は一向に構わないわ」
きっぱりと洋子は言い切った。
「そ……そんな……」
「もし私を無理にでも連れていくつもりなら私はあなたと離婚するわ」
「り……離婚……?」
洋子がそう言うだろうということは想像していたが、それでも洋子があまりにその言葉を簡単に言うのには驚いた。
「そのときはちゃんと慰謝料払ってもらいますからね。わかった?」
「あ……ああ……」
それが冗談ではないことは土居にもわかっていた。
「くだらないおしゃべりのせいで時間に送れちゃう」
洋子はバッグを抱えるとじろりと土居を一瞥すると颯爽と部屋を出ていった。
外で車のクラクションの音が聞こえる。
(きっとまたあの男だ)
自分が追い詰められていることを土居は感じていた。
二月四日(土)
PM 5:10
夕方になっても警備会社からの連絡はなかった。そして、間宮からの連絡もまったくなかった。
早紀はいらつきを押さえるように部屋のなかを歩き回った。
「ねえ、落ち着いたら?」
そんな早紀に弘子は声をかけた。
「どうしてぜんぜん連絡をよこさないのかしら」
「彼に連絡がつかないんじゃないの?」
「じゃあ、どうして間宮さんは連絡くれないの?」
「さあ……」
落ち着いたように弘子はつぶやいた。だが、内心は早紀よりも弘子のほうがずっと緊張しているのかもしれない。雑誌に目を通すふりをしながら、ずっと今後のことを考え続けている。
何よりも早紀を騙すこと。そして、そのうえで彼女を守らなければいけない。
「私、もう一度連絡してみる」
そう言うと早紀は再び警備会社への番号をダイヤルした。
受付けの女性の声が聞こえてくる。
「あの……昼間電話した藤谷といいます。間宮さんとはまだ連絡がつかないんでしょうか?」
――申し訳ありません。間宮とは一向に連絡がとれません。
「田川さんは?」
――申し訳ありません。田川とも連絡が取れていません。
受付けの女性は謝罪の言葉を繰り返した。
「それじゃ、代わりにどなたか警備をお願いできませんか?」
――……あの……少々お待ちください
しばらく時間がたった後、再び受付けの女性の声が聞こえてきた。
――お待たせしました。契約番号を教えていただけますか?
その言葉に早紀は間宮が置いていった契約書に書かれた番号を伝えた。だが、それに対して言われたことは意外な一言だった。
――申し訳ありません。その契約書は弊社では受付けておりませんが……
「ど……どういうことです? 私、契約書持ってますよ」
――はぁ……ただ、弊社として発行したものではないので……
愕然とした。
(じゃあ、この契約書は……?)
「どうしたの?」
弘子が早紀の様子に声をかけた。
「わかんない……間宮さんが置いていった契約書……会社は受付けてないって言ってるのよ」
「え? ちょっと代わってくれる?」
弘子が早紀から電話を受け取った。
弘子は間宮との契約のことを改めて受付けの女性に説明していた。だが、やがて諦めたように電話を切った。
「どうしたの?」
その問い掛けに弘子は首を振った。
「だめね……」
「え?」
「早紀は騙されたのよ。あの人が残していったこの契約書。見てみればわかるけど会社の印鑑押されていないのよ。あの人、会社の了承なしに契約書を持ち出して、自分で勝手に契約内容を書き込んだだけみたいね」
「それじゃ――」
「契約は無効みたいね。当然、代わりの人も来てくれないわ」
その言葉に早紀は崩れるようにソファに座り込んだ。




