デッドゲーム・20
二月三日(金)
PM 2:51
山岸は会社の資料室に篭りパソコンの前に座っていた。
――奴は見せしめとして殺されたんだ
カラスの言葉に、これ以上、デッド・ゲームのことを調べるべきかどうかを迷いながらも、山岸はジャーナリストとして引き下がることの出来ない使命感に突き動かされていた。
(必ず何かあるはずだ)
桜庭がデッド・ゲームの運営をしているとすると、その力は政治家や官僚にまで及んでいることになる。藤堂の家で見たあの写真がそれを物語っている。だが、そこに藤堂恭一郎はどのように関わっているのだろう。
会社のデータベースには過去10年間に発行されたあらゆる雑誌や新聞の記事が全て入っている。2年前に導入したばかりの会社にとって自慢のシステムだった。
山岸は検索のキーワードに『藤堂恭一郎』の名前を打ち込んで見た。
すぐに結果は返ってきた。検索結果0件。
(やっぱりな……)
次に山岸は『桜庭雄一郎』の名前を打ち込み検索ボタンをクリックする。
今度はほんの少し時間がかかる。
検索結果は43件。
(意外と少ないな)
山岸はその記事を一件ずつ調べ始めた。
記事のほとんどは経済界での桜庭の発言などに触れたようなもので、それほど目をひくものはなかった。
そのなかで山岸は一つの記事に注目した。
『桜庭グループトップ・桜庭雄一郎カジノ構想について語る
桜庭雄一郎氏は、先日、品川ダイアモンドホテルで行われた講演のなかで、国内でのカジノ合法化について語った。桜庭雄一郎氏はカジノ推進論者として知られる。氏は経済活性化のためにも早急に日本国内でもギャンブルを合法化させ、カジノ設立に向けて動くべきと熱く語った。また氏はゲーム業界にも興味を示し、「大人も楽しめるゲームを提供すべき」と話した』
4年前の記事だ。
(ギャンブルにゲーム)
[リスク]というホームページがネットの世界で有名になりはじめたのはこの1年後のことだ。
(間違いない)
だが、ゲームの内情をどうやって調べればいい?
山岸はさらに次の記事に目を向けた。
(これは……)
それはあるゴシップ雑誌がとりあげた桜庭雄一郎に関する記事だった。
『経済界の若き実力者の裏の顔 桜庭雄一郎に隠し子疑惑
桜庭グループのトップ桜庭雄一郎氏について一つのスキャンダルが浮かんでいる。
13日発売の『週刊ピーピングアイ』によると、桜庭雄一郎氏は20年前、高校生の時に同級生のA子さんと交際していたが、そのA子さんが高校3年の時に男子を出産。しかし、桜庭雄一郎氏はその子供の認知を拒否。A子さんは自殺し、その後、子供は施設に預けられたという。
桜庭グループ広報担当の広瀬氏は「そのような事実はない」、と今回の疑惑を否定している』
その記事は6年前のもので、桜庭雄一郎が桜庭財閥を引き継いだ直後で、若くして桜庭財閥を引き継いだばかりの桜庭雄一郎に世間の目が集まっていた時期のものだった。
その後、桜庭雄一郎は名誉毀損でその出版社を訴え、その疑惑を報じた週刊誌はすぐに記事の誤りを認め、謝罪文まで掲載している。
だが、政界にも通じている桜庭ならば、出版社に圧力をかけ記事の誤りを認めさせることなど簡単なことだろう。
(子供……施設?)
山岸ははっとした。
藤堂恭一郎は生まれてすぐに『白樺園』という施設に預けられ、その後、藤堂家に養子として迎えられている。
(もし、藤堂恭一郎が桜庭雄一郎の実の子だったとしたら?)
やはり藤堂恭一郎の失踪は桜庭雄一郎に、そしてデッド・ゲームに関わっていることになる。
藤堂はいったいデッド・ゲームのなかでどんな役割を果たしているのだろう。
二月三日(金)
PM 6:31
早紀はいつもとほぼ同時刻にマンションに帰りついた。
弘子の姿は見えなかったが、むしろそれが自然に見えた。仕事時間が不規則な弘子が早紀よりも早く帰っていたことはこれまでも滅多になかった。
早紀は帰りつくと間宮の電話を待った。帰りつくと同時に田川が間宮にメールをいれることは早紀も知っている。そして、そのメールにあわせて間宮は電話をくれるはずだ。
カードマンに関する新たな情報を間宮は掴んでいるかもしれない。早紀は間宮の動きに期待を寄せていた。
だが、今日は五分経っても、十分経っても間宮からの電話はなかった。
(どうしたんだろう……)
三十分経っても間宮からの連絡はなかった。
ついに早紀は自分から間宮に電話をいれた。だが、何度鳴らしても間宮が電話にでなかった。
早紀はソファに座り時計を見た。七時をまわったところだった。
(忙しいのかしら……)
昼間、間宮がこの場所で命を落としたことを早紀は知るはずもない。
そして、この時、早紀は部屋の前で起こっていることをまったく知らなかった。
二月三日(金)
PM 7:05
やけに空気が冷たく、今にも雪が振りそうな空模様にみえる。
田川はジャンパーの衿をたてて、車のシートにもたれつつ空を眺めた。ガソリン代を浮かすためにエンジンは切っていた。少しでも費用を浮かし、家にお金をいれなければいけない。
早紀の警備を始めてすでに三日。外での夜間の警備はさすがに厳しかったが、それでも家で待つ妻と子のことを考えれば決してつらいことではなかった。警察官の時よりもはるかに給料も良かった。
携帯電話を取出し待ち受け画面の妻子の写真を眺めた。妻の抱いた子供の笑顔が疲れを全て取り去ってくれる気がした。ポケットにいれた使い捨てカイロをぎゅっと握った。マンションの部屋の前での警備と聞いて、妻の直子が大量に買ってきてくれたものだ。
――ストーカーに間違われないでね
直子が冗談で言った言葉を思い出し田川は笑った。
ふとバックミラーに歩道を歩いてくる男の姿が目に入った。黒い皮のトレンチコートを着こみ、夜中だというのに黒いサングラスをかけている。
(?)
一瞬、その男の姿に田川の心は警報を鳴らした。それは武術に通じる田川だからこそ感じた警戒感かもしれない。田川はその男の動きに注意を払った。一歩一歩、しだいに男が近づいてくる。男の視線はまっすぐに前を向き、マンションの前に止まっている田川が乗る車ことなど気にも止めていない。それが余計に田川には不自然に見えた。ここ数日、マンションの前に止められている田川の車を見た近所の住人はちらちらと訝しそうな顔で見ながら通り過ぎていった。夕方を過ぎるとめっきり人通りが少なくなる住宅街ならばそれが当たり前かもしれない。田川はそっとすぐに対応出来るように身構えた。男の姿がバックミラーからフェンダーミラーへと移っていこうとした時、突然男の姿がミラーから消えた。
(どこへ行った?)
田川は思わず振り向こうとした。その瞬間、突然ドアが開けられた。はっとして顔を向けた田川の目に無表情な男の顔が現われた。その左手が田川の口をふさいだ。身構えていたにも関わらずその男の速さに田川は反応することが出来なかった。
「う!」
まるでその手に力を吸い取られるように田川は一瞬のうちに身動きが出来なくなっていた。運転席に座った状態では力が出ないことを田川は悟った。
男の右手が喉元に伸びる。
(まずい!)
それはほんの一瞬のことだった。
男の手はまるでTVのチャンネルを変えるように、そして、そのスイッチを切るような感覚で田川の首に力をいれた。
ゴキ!
田川は男の動きに反撃することも出来ず、その音を聞いた。そして、その音が田川の聞いた最後の音となった。
一瞬、妻の顔がふっと頭に浮かび消えた。
目の前から世界が消えていく。