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デッドゲーム  作者: けせらせら
14/29

デッドゲーム・14

 二月二日(木)

  AM 6:40


 目覚まし時計がわりに携帯のアラームが鳴り早紀ははっとして目を覚ました。待ち受け画面のミッキーマウスがダンスを踊っている。

 アラームを止めると、早紀はいつものようにそのままの状態で意識がはっきりするのを待った。タイマー設定されているファンヒーターの音が聞こえている。すでに部屋は三十分前から暖まっていた。よく東北出身ならば寒さには強いだろうと思われがちだが、寒いのは子供の頃からずっと苦手だ。

(そうだ)

 頭がはっきりした時、昨日の朝にかかってきたコールマンの電話を思い出した。

 昨日、コールマンから電話があったのは六時半ちょうど。

 電話がなかったということは、間宮が言ったようにコールマンはカードマンの権利を放棄したということなのだろうか。心のなかから大きなつかえが一つ消えていくような気がした。

 早紀は身体を起こすと大きく背伸びをした。

「電話、こないみたいね」

 弘子がドアを開き、立っているのが見えた。弘子にとってもコールマンからの電話があるかどうかが気になっていたようだ。

「ええ、本当に交渉がうまくいったのね」

「よかったわね」

「うん……やっぱ間宮さんに頼んで良かった」

「……そうね」

「あと四人……きっとうまくいくわよね」

 まだほんの一歩前進したに過ぎない。だが、今の早紀にはその一歩ですべてが解決していくようにさえ思えた。

(信じてみよう)

 当初はほんの藁をも掴む思いでした契約だったが、しだいに早紀は次第に間宮を信頼出来るように思えていた。

「そうね」

 弘子は複雑な思いで早紀のほっとした顔を見つめていた。


 二月二日(木)

  AM10:02


 山岸は世田谷の住宅街を歩いていた。

『藤堂恭一郎』

 その名前を思い出したのは朝になってからだ。

 山岸は大学一年の時、興味本位からほんの短期間だったが合気道部に所属したことがある。その時、知り合ったのが同い年の藤堂だった。山岸が住んでいたアパートが藤堂の家と近かったことから、一度だけ家に遊びに行ったことがある。

 痩せていて、そのわりに妙に背の高い印象があった。

 興味本位だけではじめた合気道だけに山岸はすぐに部活を辞めてしまった。その後は藤堂ともあまり会うこともなくなり、卒業後は連絡も取り合っていない。

 『デッド・ゲーム』について調べ始めた矢先に大学時代の同級生の名前を聞くことになるとは思ってもいなかった。

(確か……このあたりに……)

 記憶を頼りに山岸は一軒の民家の前にたどり着いた。

 こうして家の前まで来ると、遊びに来たことがつい昨日のように思えてくる。

 小さな庭にはヤマアジサイやライラックが植えられている。季節がら花は咲いてはいないものの、庭はよく手入れをされているように見える。

 その時、家の裏手から着物を着た品の良い一人の老女が姿を現した。

「あの……すいません」

 山岸が声をかけると老女は驚いたように振り返った。

「はい……」

「すいませんが――」

 山岸がそう言いかけた時、老女が声をあげた。

「あなた……山岸さんですね」

「え……ええ」

 今度は山岸が逆に驚いた。「なぜ、私の名前を?」

「恭一郎のお友達でしょ? 以前、うちに遊びに来てくれましたよね」

「は……はい」

 老女は恭一郎の母親だった。一度だけ遊びに来ただけ、しかも、すでにあれから6年が過ぎるというのにまだ覚えていてくれたのだ。

「懐かしいですねえ」

 そう言って母親はゆっくりとした足取りで山岸に近づいてきた。

(ずいぶん老いた気がする)

 それほどはっきり憶えているわけではないが、あの時はまだもっと若々しかったような気がする。田舎の母と比べ、その若々しい姿に驚いたような記憶があった。だが、今はむしろ老人といってもおかしくないほど老けて見える。

「恭一郎君はどうしてますか?」

 その問いかけに母親の表情が曇った。

「さあ……どうしてるのか」

 視線を伏せながら母親は答えた。

「どこか行かれているのですか?」

「それが……わからないんです」

「え?」

「こんなところではなんですから……お上がりになってください」

 そう言って母親は門を開け、山岸を迎え入れた。

 山岸は母親の言葉に従い、家のなかに入った。家のなかに入るとなおさら、あの頃の記憶が蘇ってくる。

 山岸は居間に通され、その室内の様子を見回した。

「実は……あの子、2年ほど前から行方がわからないんですよ」

 母親は山岸の前にお茶を差し出すと言った。

「それって、行方不明ということですか?」

「ええ」

「それまでは何を?」

「大学を卒業してすぐに警察に入り、刑事をしていました」

「刑事? あの恭一郎君がですか?」

 あのひょろりとした体格の恭一郎が刑事になっていたということに山岸は驚いた。

「ええ、最初は『国家公務員1種試験』としか聞いていなかったので、刑事と聞いてびっくりしました」

 その言葉に山岸はますます驚いた。『国家公務員1種試験』に合格し、警視庁に採用されるということはいわゆる『キャリア』ということになる。

「優秀ですね」

「そうなんでしょうかね。私にはよくわからないんですけど」

 そう言いながらも息子を誉められたことで嬉しそうな顔をした。

「それじゃ恭一郎君の行方がわからなくなったというのは何かの事件に巻き込まれたということなのでしょうか?」

 その事件こそが『デッド・ゲーム』なのかもしれない、と山岸は想像した。

「それが……行方がわからなくなる一週間前に息子は警察を辞めていたそうなんです」

「辞めた?」

 『デッド・ゲーム』とは何の関わりもないのだろうか。

「同僚の方にも何度もお話を聞かせてもらったのですが、辞める理由のようなことも誰にも言わなかったそうで……警察でも調べてはくれたのですが……結局は見つけられませんでした……でも、今でもどこかで生きてるのは確かなんです」

「――と言いますと?」

「今でも毎月一日に必ず主人の口座に振込みがあるんです。きっとあの子が私たち夫婦のためにお金を送ってくれているんだと思います」

「失礼ですが……いくらくらいです?」

「月に100万ほど」

 その金額に驚いた。何か特別な仕事をしているということだろうか。

「恭一郎君はずっとこの家で暮らしていたんですか?」

「そうです。あの子がいつ帰ってきても良いように、今も部屋はそのままにしてあるんですよ……そうそう写真ご覧になられますか?」

「写真?」

「仕事関係で撮った写真が何枚かあるんですよ」

 そう言うと母親は立ち上がり、居間を出て行った。

 本当にあの藤堂恭一郎が『デッド・ゲーム』に関わっているのだろうか。梶川の言う『藤堂恭一郎』とは別人ではないか、という思いが胸のなかで膨らみ始めていた。

 そもそも『デッド・ゲーム』はすでに二日目を迎えているはずだ。今更そんなことを調べてみても仕方がないのだ。

 そう考えていると、母親がアルバムを持って戻ってきた。

「これなんですよ」

 アルバムを山岸の前に広げる。そこには胸板の厚く体格の良い、屈強そうに見える若者が写っていた。それは山岸の知るひょろりと痩せた恭一郎とは似ても似つかない。

「これ……恭一郎君ですか?」

「驚かれました? あの子、大学時代に合気道以外にも空手や柔術などやってたもので、それでずいぶん身体も丈夫になったんですよ」

 確かにこれならば刑事という職業についても不似合いとはいえない。

 山岸はアルバムをめくった。

「あの……この写真は?」

 その一枚の写真に山岸の目は吸い寄せられた。

 そこには藤堂恭一郎と共に三人の男が写っている。一人は元警察庁長官の牛島博人。もう一人が去年政治家を引退した前島直樹。そして、もう一人の男……細面で剃刀のように険しい目つき。40歳前後のその男は恭一郎に対し親しげに肩に手を回している。その男のこともどこかで見た記憶がある。

(誰だったかな……?)

 いずれにしても若い恭一郎がその写真にうつっているのがひどく不釣合いに見える。

「どこかのパーティーに招かれたと言っていましたよ。だいたい恭一郎がいなくなる半年くらい前だったと思います」

 他の写真にも目を通してみたが、どれも失踪やデッド・ゲームとつながるようなものはないように思えた。

「恭一郎君と親しくしていた人は?」

「さあ……あの子はあまり友達を作るのが得意なほうじゃなくって……あの子が高校を卒業してから友達をうちに連れてきたのは山岸さんだけなんですよ」

 母親はそう言って俯いた。

「そうだったんですか」

 母親が今でも一度しか遊びに来たことのない山岸のことを憶えていた理由がわかった。「そういえば――」

 突然、山岸は学生時代に藤堂の言っていたことを思い出した。「これは恭一郎君に聞いたことなんですが……」

「はい、なんでしょう?」

「こんなことを聞くのは失礼なんですが……彼が養子だというのは本当ですか?」

 さすがに訊きづらかったが、それでも恭一郎のことを出来る限り訊いておく必要がある。

「ええ?」

 母親は驚いて顔をあげた。「あの子があなたにそんなことを言ったんですか?」

「違うんですか?」

「いえ……確かにその通りです。けど、あなたにそんなことまで話すとは思いませんでした。あの子はその話をするのを子供の頃から嫌ってましたから」

「それじゃ彼の実のご両親というのは?」

「私は知らないんです」

「確か……施設からの紹介で養子になったとか?」

「その通りです……あの子は生まれてすぐに『白樺園』という孤児院に預けられ、そこで3歳まで過ごしました。その後、子供の出来ない私たち夫婦が、そこの園長からの紹介で養子にしたんです」

「彼の実の両親に関するものは何か無いんですか?」

 母親は首を振った。

「ありません……それに、そんなものに私は興味ありません……どんな過去があったにしても、あの子は私の子供なんですから」


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