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デッドゲーム  作者: けせらせら
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デッドゲーム・1

 一月二十六日(木)

  PM 3:10


 カチリ、カチリとマウスをクリックしながら、次のページへと進んでいく。

 パソコンのディスプレイに映し出されたインターネットの画面を藤谷早紀はぼんやりと眺めた。

 仕事に飽きたときにインターネットで気を紛らわすのが早紀にとって、もっとも気楽で手軽なストレス解消法になっている。

 すでに就職してすでに二年が過ぎようとしている。早紀が勤めている『東京ソフトサポート』は顧客からの依頼を受けての業務ソフトウェアの開発販売を行っている。早紀は主に人事ソフトを開発するシステム3課に属してはいるが、実際にはソフト開発とはまったく違いシステム部全体の事務の仕事をしている。だが、事務職という職種のためか日々の仕事に楽しさも、また自分自身の価値を見出だすことも出来なくなっていた。

 もともと何かやりたいことがあったわけでもない。ただ、なんとなく周りの同級生と同じように田舎を離れ目標もないままに大学へ入り、そして、そのままなんとなく就職してしまった。

 生きているという実感がないままの毎日。子供の頃は夢もあったはずなのに、今では夢を語ることがむしろ恥ずかしい気がする。

 もちろん今の仕事が嫌いというわけではない。月末や年度末はそれなりに忙しい時期もあるが、それ以外は比較的仕事量は安定している。大学時代の同級生の話を聞くとわりと自分は恵まれていると感じることは出来る。それでももっと違う人生があったんじゃないかとついつい考えてしまう。

 早紀の会社ではソフト開発のための技術職の人間が多く、早紀のような事務系の職員は少なかった。いつも課の多くの人たちは客先などに出払っており、残っているのは管理職の者を含め数人に過ぎない。

 特にこの時間は定例の打ち合わせがあり、部課長以上の人たちは皆席を外している。そのおかげでインターネットも気楽に利用することができた。

 カチリとマウスをクリックする。

(それにしても――)

 と早紀は思う。

 個人が自由にインターネットを利用するようになり、ネット上にはさまざまな個人のホームページが存在している。会社にも自分のホームページを持っている人たちもいて、中にはわずかながらも広告収入を得ている社員もいると聞いたことがある。皆、自分のプライベートの部分を表に出すことに抵抗はないのだろうか、と不思議に思う。

 その種類もさまざまで、自分のペットや子供のホームページ、旅行の日記代わりや食べ歩きの記録などは当たり前。なかには二度と目にしたくない死体の写真を集めたようなホームページまである。

 そんななかで最近早紀が気に入って見るようになったのが、「リスク」という名前のホームページだった。

 ホームページの中身は全てが賭けに関するもので、その内容はイギリスのブックメーカーを思い起させた。

 スポーツの勝敗はもちろん、国政選挙の結果、芸能人の結婚、離婚時期、天気まで、驚くほどさまざまなものが賭けの大賞になっていた。先日行われたサッカーの国際試合の結果も当然記事になっている。利用者はネット上から匿名で賭けを行い、そのゲームの結果によって配当金を得られる仕組みになっている。その結果もまた匿名で閲覧出来るようになっていたが、中には1千万以上の配当金を得ている人まで存在していた。もちろん、早紀はいつも見るだけで賭けに参加したことなど1度もなかった。もともとギャンブルは好きではなく、今までパチンコも競馬もやったことはなかったが、そのホームページを見ることは不思議に楽しく感じられた。

(本当にこんな賭けやっているのかしら)

 そう思いながらも中の記事に目を通すのが日課になっていた。どこか異世界を覗くような気分になる。インターネットの世界は虚実が入り混じっている。ホームページが存在しているからといってそれが実際に行われているとは限らない。

 その時、胸ポケットのなかの携帯電話がメール着信を示す振動を伝えた。いつも家の外ではマナーモードにしてある。人前で着メロを堂々と鳴らす人もいるが、ああいのは気恥ずかしい。

 念のためそっとまわりを見回して上司がいないのを確認したうえで、早紀は携帯を取出しメールを読んだ。

[今日、何時に終わる?]

 畑中弘子からのメールだった。

 現在、早紀と弘子は二人でマンションを借りていた。いわばルームメイトだった。

[定時で帰れると思うよ。今、どこにいるの?]

 早紀もメールを返した。

 弘子は雑誌社の編集の仕事をしているため、営業で出歩くことが多いらしい。いつも出先からメールをくれる。

[今、タカボーのところ。ちょっと煽りにきました(笑)]

 タカボーとは弘子が担当している売出し中の新人作家らしい。まだ有名作品はなかったが、月刊の文芸誌に短篇小説を書いているという話を聞いたことがある。弘子の担当する雑誌は中高生向けのものだったので早紀は読んだことがなかった。フルネームを聞いたことはないが、弘子よりも一つ年下ということでいつも「タカボー」と呼んでいた。

 早紀がどう返信しようか迷っているとすぐに次のメールが入った。弘子は早紀よりもメールの入力が早い。

[今夜どっかで食事してから帰ろうよ。あたし、今日仕事で早紀の会社の近くまで行くからさ]

[会社へは戻らなくていいの?]

[うん、打合せでそっちのほうに行くんだけど、今日は夕方ごろに終わる予定だからそのまま帰れるの。たぶんあたしのほうが先に終わるんじゃないかな。どこで待ってたらいいかな]

[じゃあ、この前一緒に映画観に行った帰りに隣に喫茶店入ったよね。憶えてる?]

 早紀は先日二人で行った喫茶店のことを思い出した。

[憶えてる]

[あそこにしようよ。あそこだったらここのすぐ近くだから。たぶん6時頃には行けると思う]

[わかった。じゃ、そこで待ってる。じゃあね]

[バイバイ]

 弘子は仕事柄、勤務時間にもかなりむらがあった。深夜になってから帰宅することもあれば夕方になってから仕事に出かけていくこともある。付き合いによる飲み会も多く、酔って帰ってくることも多かった。よくあれで身体を壊さないものだと早紀は心配になることもあった。

(さてと……)

 早紀は気を取り直すと、ブラウザを閉じて気持ちを仕事へと向けた。いつまでも遊んでいるわけにもいかない。


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