『裏山の鬼』【掌編・文学】
『裏山の鬼』作:山田文公社
裏山には鬼が住んでいる。それは子供の頃に聞いたおとぎ話……だと、ずっと思っていた。しかしそれが本当の話だと知ったのは運が良いと言えるのか、はたまた運が悪いと言えるのかはわからないが、裏山には鬼が居た。
裏山は昔から田舎に帰る度に何度も足を踏み入れていた。それは年を増す事に増えて行った。まだ若い頃の方がうっすらと鬼のおとぎ話を信じていた部分もあり、少しは恐れていたのだが、年を重ねるとあまり怖い物がなくなってきて、ついつい山間深く、夜も遅くまで長居してしまい、とうとう山で迷う羽目になった。少しはそんな予感がしていたのだが、かなり鈍感になっていたのだろう、気がつけばかなり山の奥深くに入り、空は完全に闇に覆われていた。
とはいえ、何度も夜の山にも足を踏み入れているから、多少の慢心はあったのだろう小屋があるのを見つけてついつい不用意に近付いてしまった。
最初は声をかけようと思い近付いて行ったのだが、どうにも雰囲気がおかしくて息を潜めるようにして近付くと、家の中から漏れる灯りに映る姿は人のそれではなく、異形の者が小屋の中をうろついていた。
私は一目見てそれが『鬼』だと思った。直感的に私は気づかれてはならないと思った。それから私は小屋から漏れる暖気にあたりながら中の鬼の様子をうかがっていた。できればすぐにでも逃げ出したいが、いつ気づかれるとも知れないと思うと、不用意に動けなかった。
裏山には確かに鬼は居た。人の身の丈の倍はあろうかという体躯に、獣の皮を体に身につけて、真っ赤な皮膚に大きな目が印象的だった。息を殺して日が昇るのを待った。鬼は一晩中起きていて、日が昇り始めると布団に潜りこみ眠り始めた。私はしばらく、鬼のとどろくようないびきを聞きながら、ゆっくりと小屋から離れて行った。そして小屋から完全に離れると一気に山を駆け下りた。
にわかには信じがたいが、確かにこの目で見てしまった。鬼は裏山に居た。ずっとおとぎ話だと思っていたのに、鬼は山の奥深くに住んでいた。だが早々に山奥深くの鬼を確認しに地図をもって何度も登ったが、そんな場所は二度とお目にかかれる事はなかった。
後々になり知ったのだが、山は神域や異界であり、時々人が奥深くに立ち入れるような道が出来て、人が迷い込む事があるらしい、それが神隠しや鬼の正体であり、そのときの人はそこに迷い込んだ者で、迷い込んだ所から出られなくなったり、鬼に喰われたりするらしい、私も危うく神隠しのように姿を消してしまう所だったのだ。
ときおり山には山菜などを採りに行くが、霧の日は避けるようになった。何でも霧が立ちこめる日が神域や異界の扉が開いてる時らしいからだ。裏山には鬼が居る。それは別段珍しい事ではない。どこの山にだって起こりえる事なのだから…。
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