面会室
あの出来事から二ヶ月が過ぎた頃、あの子が訪ねてくるようになった。
最初は一度きりの見間違いだと思った。
眠れていなかったし、薬も増えていた。
だから白い部屋の向こうに小さな影を見たときも、疲れているせいだと思い込むことにした。けれど次の週も、その次の週も、同じ時間になると、あの子はいつも先に椅子へ座っていた。
面会室はいつも静かだった。
壁は白く、床は音を吸い、消毒液のような匂いが薄く残っている。
ここで泣いていた記憶だけが、まだ乾かずに染みついている気がした。
「今日も来たのね」
「うん、だってもう少し待てば、一緒に暮らせるんだよね」
その言い方が無邪気すぎて、息を止めた。
膝の上で指を組み直す。ここへ来るたび、指先だけがひどく冷える。
本当に、会えることを期待して待っているみたいだった。
そのたびに私は、やんわり拒絶する言葉を返す。
それに対して、あの子はいつも悲しそうな顔で問いを返してくる。
「どうして?」
その問いは毎回、少しずつ形を変える。
どうして、会えないの。
どうして、そっちへ行けないの。
どうして、ひとりにするの。
「無理だったの」
ひとりでは育てられない。お金もないし、意気地もなかった。
眠っても、起きても、心は軽くならなかった。
何もかもが足りなかった。拒む理屈はいくらでも並べられるのに、並べるほどに、それは事情ではなく、ただの言い訳に聞こえた。
「ごめんね」
私たちの間には、決して交わることのない透明な仕切りがある。
あの子は黙っている。
責めるでもなく、慰めるでもなく、ただ待っていた。
私が受け入れる言葉を、ここに並べるのを。
「……本当は、私も会いたかった」
振り絞るように短く伝えると、影がわずかに揺れた。
そのしぐさに見覚えがあって、すぐに打ち消す。
似る相手などいるはずがない。
抱いたことも、名前を呼んだことさえないのだから。
「じゃあ、どうして」
目を閉じると、忘れたいものほど鮮やかによみがえる。
息苦しさ、皮膚に残った跡、鈍い音、そして動かなくなったその後も、臓腑の奥に残って、こびりついて落とせないもの。
そのどれも、いまさら言葉にしたところで何もほどけない。
「さみしいよ」
その声は、今まででいちばん幼かった。
胸の奥で、何かがゆっくり裂けた。
この子が寂しいのか。それとも、自分がずっと言えなかったことを、私の代わりに言っているだけなのか。
廊下の向こうで足音がした。現実が近づいてくる音だった。
この子に残された時間はあとわずかだ。
椅子から立ち上がる。
もう恨みも未練もない。
あるのは、鈍く沈んだ懺悔の気持ちだけだった。
「寂しくないよ」
「どうして」
あの子が顔を上げる。
まだ一つ、言わなければならないことが残っていた。
伝えなくてもいい、残酷な言葉だと分かっているのに。
胸の内側で、名前のない黒い感情が音もなく渦を巻く。
それでも、せめて声だけはやさしく置こうとして、唇を開いた。
「あなたを待っている人がいるから」
小さな目が、まっすぐ私を見た。
それと同時に、透明の仕切りに映る自分の顔が目に入る。
目が窪み、頬がやつれ、生気がなくて、まるで他人みたいだった。
それから、ゆっくりと言った。
「きっと、あの男が待っているから」




