暗闇を流れる川
ニックは竿を振り上げた。弧を描くように竿をまわし、糸を水面に叩きつける。毛針が七本並んだ糸の先には黄色い丸浮きがついている。浮きはピシャッと音を立てると静かにゆっくりと流れていった。
山の端に陽が沈んでから徐々に暗くなり始めた。遠くに見える山の頂が赤く燃えていた。紫色の空に星が瞬き、水鳥の鳴き声と水面をはねる魚の音が聞こえた。
何度も腕を振り上げ、竿を振りまわしては糸を水面に叩きつける。手応えはない。闇のなかで川は黒い塊になってすべてを連れ去っていくようで、ニックを少し不安にさせた。膝まで水に浸かった足に、ときおり小魚が触れた。
闇に包まれた。川沿いの道路脇に立つ電灯の明かりだけが頼りだった。
何度も何度も竿を振り下ろす。
突然、手応えがあった。丸太ん棒が引っかかったような鈍い感触。川上に向かって腕を突き上げ、針に掛かった獲物の正体を確かめようと息を止めた。
竿から躍動が伝わってくる。
魚だ。大きな魚だ。
ニックは竿を立てたり、斜めに傾けたりしながら獲物とのやり取りを楽しんだ。無我夢中だった。
ふっと腕が軽くなった。黒い影が宙を舞っていた。影はすぐに大きくなって、ニックの左胸にどすんと当たった。慌てて両腕を交差させ、暴れる魚を必死に押さえつけた。左腕と胸の間で跳ねまわる魚は思ったとおり、かなり大きかった。竿を右脇に挟んで右手を自由にしてから、両手を使って針を外した。腰に吊り下げた魚篭に魚を滑り込ませると、川の水で手を洗い、腰篭に手をあてた。
ニックは右手で竿を振りまわしながら、道路脇の電灯を目指して川の中を歩いた。糸の先の浮きがひゅうひゅう音を立て、足もとでは水がさざめいていた。
篭の中で魚が跳ねた。
暗闇はもう怖くなかった。
(了)




