太閤殿下の地獄めぐり
わしは現世の行いが悪く地獄の最下層無間地獄に落とされてしもうた。
最下層ゆえ、この地獄に到達するだけでも真っ逆さまに落ち続けて2000年かかった。
刑期は約349京年じゃ。
無間(間断なし)地獄の名の通り苦しみに休憩が一瞬たりともなく、息を吐く暇すらないわ。
いつものように地獄の業火に焼かれ、舌を抜き出されて100本の釘を打たれ、毒や火を吐く虫や大蛇に責めさいなまれ、熱鉄の山を上り下りさせられていると鬼の獄卒に呼ばれて閻魔庁に引っ立てられた。地獄では服なんか着ておってもすぐに燃えたり破けたりするので無駄じゃが、閻魔大王様の前では失礼にあたるので白装束を着せられる。
閻魔大王様の前に正座させられる。
あいかわらず恐ろしい顔じゃ。にらまれるだけでしょんべんちびりそうじゃわい。
「豊臣秀吉よ。そなたに減刑嘆願書が出ておる」
「減刑嘆願書ですと?」
「そうじゃ。そなたの刑罰が重すぎるから軽くして欲しいと願い出る者がおった」
わしは首をひねる。だれじゃろう?わしは残虐の限りを尽くしてきたからそんなものはおらんはずじゃ。思い当たる人物がおらん。
「嘆願書を出したのはこやつじゃ」
わしの背後から現れたのは奇妙ないでたちをした犬の顔の人間じゃ。まったく知らぬ顔じゃ。犬はわしを見やる。
「私の名はコロ。現世で日吉丸様に命を助けられた犬にございます。子犬の頃、迷子になり悪ガキどもに棒で叩かれているところをあなた様は小さな体で身をていしてかばってくれたのです」
「はて?そんなこともあったかのぉ」
日吉丸はわしの幼名じゃ。まったく覚えはないが動物は幼い頃より好きじゃった。子犬がいじめられておったら迷いなく助けるじゃろうな。
「私は命拾いして飼い主のもとに届けられ、おかげさまでとても長生きできました。天国で弁護士になった私はあなた様の減刑をお願いしに地獄まで参った次第でございます」
「そうであったか。律儀者じゃな。ありがとうコロ。気持ちだけでじゅうぶんじゃ」
わしはおもわず涙をこぼした。地獄の情けは身に沁みる。
コロは閻魔大王様に訴えた。
「日吉丸様はやさしく純粋な子供でした。残忍な性格になられたのは戦国時代という環境のせいです。残酷であることが正義であり、ほめられるべき勇敢な行いであるとされた戦乱の世が狂暴な悪魔を生み出してしまったのです。どうかご慈悲を」
コロは閻魔大王様に土下座する。愚かなわしのためにここまでしてくれるとは。わしは感動で涙が止まらぬ。閻魔大王様は机にひじをつき鼻をならす。
「ふん。ワシにはそうは思えん。こやつは根っからの悪人じゃ。人をいたぶり傷つけるのが楽しくてたまらんサイコパスじゃ」
「いいえ、そんなことはございません!地獄の刑罰を受け猛省した日吉丸様は元の純粋な心を取り戻しています!この姿こそ本来の日吉丸様です!」
「地獄の獄卒が怖くて大人しくしておるだけじゃ。もしだれも罰を与える者がおらんかったら好き放題振る舞い、元の悪人の正体が暴露するじゃろう」
「いまの日吉丸様ならだれに罰を与えられなくても正しき行いをします!」
「ほう。面白い。こやつをいま一度、転生させて同じ人生を送らせよう。だれも罰を与える者がおらん現世でもしこやつが戦乱の世を泰平に導くことができれば、10億年ほど減刑してやっても良い」
「わかりました。日吉丸様、お受けなされますか?」
コロはわしに向き直る。10億年の刑期短縮など何の足しにもならんが、わしの性根が善人だと信じてくれるコロのやさしさがうれしい。
「もちろんじゃ」
わしは笑みを浮かべる。閻魔大王様はガベルを打ち鳴らした。
「転生の儀じゃ!連れて行け!」
獄卒たちに引っ立てられる。
「日吉丸様!ご武運を!」
コロは直立不動でお辞儀する。わしは大きくうなずいた。
わしは崖っぷちに連れて行かれる。下は溶岩が煮えたぎっていた。
コロのことを赤鬼が教えてくれる。
「あいつは天国の住人で人権派弁護士として有名なんだ。人気も人望もある。閻魔大王様もむげに扱えなかったのさ」
コロは天国で出世したようじゃ。世の中、何が幸いするかわからん。子供の頃に子犬を助けたというだけでわしはもう一度人生をやり直せる。
「あばよ!」
青鬼がわしの背中を蹴り飛ばす。わしは溶岩に落下した。痛い。熱い。溶けて骨だけになるわしをみて鬼たちが笑っていた。
無間地獄について Wikipediaより引用
「阿鼻地獄 / 無間地獄」
殺生、盗み、邪淫、飲酒、妄語、邪見、犯持戒人、父母・阿羅漢(聖者)殺害。
地獄の最下層に位置する。大きさは前の7つの地獄よりも大きく、縦横高さそれぞれ2万由旬(8万由旬とする説もある)。最下層ゆえ、この地獄に到達するには、真っ逆さまに(自由落下速度で)落ち続けて2000年かかるという。前の七大地獄並びに別処の一切の諸苦を以て一分として、大焦熱地獄の苦、1000倍もあるという。剣樹、刀山、湯などの苦しみを絶え間(寸分・刹那)なく受ける。背丈が4由旬、64の目を持ち火を吐く奇怪な鬼がいる。舌を抜き出されて100本の釘を打たれ、毒や火を吐く虫や大蛇に責めさいなまれ、熱鉄の山を上り下りさせられる。これまでの7つの地獄でさえ、この無間地獄に比べれば夢のような幸福であるという。
この地獄における寿命は、人間界の6400歳を一日一夜とした場合の6万4000歳を一日一夜として6万4000歳であり、人間界の時間では349京2413兆4400億年に当たる。また、この期間を一中劫とも呼ぶ。
この一中劫の長さに関する説明としては、「この人寿無量歳なりしが100年に一寿を減じ、また100年に一寿を減ずるほどに、人寿10歳の時に減ずるを一減という。また10歳より100年に一寿を増し、また100年に一寿を増する程に、8万歳に増するを一増という。この一増一減の程を小劫として、20の増減を一中劫という」とする表現もあり、これは人間界の年月に換算すると3億1996万年となる。
また、一説によると、この地獄における寿命は、人間界の8000歳を一日一夜とした場合の8万歳を一日一夜として8万歳とも言われ[1]、この場合は人間界の時間で682京1120兆年に相当する計算になる。いずれにせよ、この地獄に落ちた者は気が遠くなるほどの長い年月にわたって、およそ人間の想像を絶する最大の苦しみを休みなく受け続けなければならない。
この他、一中劫の長さを表す喩えとしては、「縦横高さがそれぞれ一由旬の巨大な立方体の石を、100年に一度ずつ柔らかな木綿の布で軽く払い、その繰り返しで石がすり減って完全になくなるまでの時間である」とか、「縦横高さがそれぞれ一由旬の巨大な城にケシ粒がぎっしり詰まっており、その中から100年に一粒ずつケシ粒を取り出していって、城の中のケシ粒が完全になくなるまでの時間である」などとも言われる。この地獄に堕ちたる者は、これほど久しく無間地獄に住して大苦を受くという。
『増一阿含経』では、釈迦に背いた提婆達多が、阿鼻地獄で責苦を負っているとされる。




