田中一郎、役所に行く
「324番の人、どうぞ」
「はい」
「名前が記入漏れしていますね」
「それぐらい、無くてもいいでしょう」
「規則なので、記入漏れがあれば、この申請は受理できません」
「・・・わかりました。田中一郎、と。はい、記入しましたよ」
「お勤めの会社名、一緒に暮らす家族のお名前に間違いはありませんね」
「間違いないです」
「それでは、この用紙を7番窓口に提出してください」
「すでに2度も、違う窓口に並ばせられているんだけど、なんとかならないの?」
「規則なので。次の方。325番の人、どうぞ」
「10052番の人、どうぞ」
「いい加減にしろ!もう5時間以上もたらいまわしにされているんだぞ!こんな遠い建物まで歩かされているし!」
「ここは市役所支店です」
「そんなこと聞いてねえよ!」
「記載したお名前に間違いありませんね?」
「間違いねえよ。俺は田中一郎だ。何十回、同じこと言ってくるんだよ!」
「一回目ですよ」
「おまえの前のやつらが、かならず聞いてくるんだよ!簡略化しろよ!」
「規則ですから」
「ふざけるな!」
「あなたが記載した会社とご家族ですか、存在してません」
「ん?なんだって?」
「ですから、あなたが記入した会社はありません。会社の住所も記入してもらいましたが、そこは畑ですよ」
「何を、言っているんだ?」
「あと、奥さんの名前が記入されてますが、あなたは独身ですね。少なくとも結婚届はでてません」
「いや、そんなはずは・・・」
「この建物の中には、けっこうな数の人が順番待ちをしているのに、あなたのことは気にも留めない」
「え?」
「例えば、いまここであなたが失踪しても誰も気がつかない。あなたはイライラしてわからなかった。そこの自動販売機で購入したペットボトルの水の中に、睡眠薬が混ざっていたことを」
「いやいや、おまたせしました」
「・・・」
「こんなに時間がかかってしまって申し訳ない。役所は規則第一ですからね。名前に不備がありまして」
「・・・」
「はいはい、説明させていただきます。あなたは猿ぐつわをしたまま、お聞きください」
「・・・」
「あなたの偽名は田中一郎。本当の名前は、高城宗治」
「・・・」
「ああ。暴れても、その拘束は解けませんよ。まあ、暴れていても構いませんが」
「・・・」
「あなたは少年時代、数々の凶悪事件をおこした。殺人、強盗、恐喝、性犯罪、などなど。数えれば切りがない。しかし、あなたは少年法に守られ、いずれもたいした罪にはならなかった。しかも、私的リンチから守るために、新しい名前、職を政府から与えられた。おかしいと思いませんでしたか?加害者のあなたが守られるなんて。一切、反省なんかしていない、あなたが」
「・・・」
「反省していると言いたいみたいですね。でも、あなた、被害者の方たちへの賠償金を一切払っていないですよね。強盗して奪ったお金さえ、いまだに返していない。政府があなたに新しい名前を与えたのは、あなたを守るためじゃない。被害者の方々には真実を話して納得してもらってます。政府の仕事には汚れ仕事がありまして、たとえば大物政治家の不正が秘書の責任になって謎の死でうやむやになる。信じられないかもしれませんが、不正をした政治家も謎の死に関わった人も私利私欲のためではなく国のための行為です。本来、真面目な人達なので汚れ仕事は精神的負担が大きすぎました。ですから、政府は汚れ仕事のさい、身代わりにしていい人間を確保したのです。簡単に言えば、殺してもいい人間ですね。そして、いま、あなたが必要になったわけです」
「・・・」
「あなたがどうなるか、私は知らないので答えられません。私は担当に引き渡すだけなので。たぶん、連日報道されている切り裂きジャック事件がらみだと思いますよ。犯人が外国のお偉いさんの息子なので、外交問題にさせないために裏取引するとからしいです。犯人に仕立て上げられて射殺されるか、アリバイ作りのため被害者として生きたまま切り刻まれるか。すぐにわかりますよ」
おわり




