『記憶の回廊』 第4章 幸を求めて 【1】誠と再会
第4章が始まります。
今回は颯太と弟・誠の再会を描きました。長い別離を経て交わされた兄弟の言葉が、物語に新たな光をもたらします。
『記憶の回廊』 第4章 幸を求めて 【1】誠と再会
桑崎教授の研究室では、水素発電と新型全固体電池を組み合わせた小型化研究が進んでいた。
大学と会社を往復する日々が続き、基本特許の提出後も補足資料の申請作業に追われる。
その日、颯太は会社に戻るため新宿中央公園を急いで歩いていた。ホームレスのテント村は撤去されたはずなのに、いくつかのテントが残っている。何やら騒ぎが起きており、通り過ぎようとしたとき――。
「誠、隠れていてもだめだ。出てこい!」
「田中さん、もう関わらないでくれ!」
その声を聞いた瞬間、颯太の足は止まった。
――留萌の雪の中で叫んだ、あの「誠」の声だ。
テントから引きずり出された男。見間違えるはずがない。弟の誠だった。
「何をしているんだ!」颯太は大声で叫んだ。
「兄ちゃんだ! 助けてくれ!」と誠は縋りつく。
「新宿署の田中さんを呼ぶぞ!」と颯太が言うと、男は慌てて逃げていった。
誠の胸に飛び込んできた汗臭い匂いが、懐かしくも切なく鼻を刺した。
「詳しい話はあとで聞くから、今は服を替えよう。風呂にも入っていないだろう。さあ行くよ」
颯太は会社に連絡を入れ、西口近くの衣料店で衣服を一式そろえ、誠をビジネスホテルへ連れて行った。
シャワーと着替えを済ませ、ヘアカットも終えると、そこには昔の面影を残した青年の姿があった。
カフェに入り、温かいカレーライスを口にした誠は、ようやく口を開いた。
「兄ちゃん……あの男が田中だ。中学を出てすぐ函館に移り、スナックを始めて繁盛した。でも俺は手伝いを強いられ、母ちゃんも5年後に亡くなった。その後、田中に連れられて東京に出てきたが、悪事に巻き込まれそうで逃げた。ホームレスになって隠れていたが、見つかってしまったんだ」
「誠、苦労させてごめん。唯一の身内だから、調査会社に頼んで探していたんだ。見つからなかったが……やっと会えた」
誠の目に涙が光る。
翌日、颯太は休暇を取り、誠を新宿署へ連れて行った。嫌がる弟を説得し、事情を話して罪を清算する決意をさせた。
その後、友人の才川に相談すると、「笹塚に知り合いが手打ちうどんの店をやっている」と紹介してくれた。
数日後、誠を伴って笹塚駅を降りる。環七通りに面した大きな看板には「手打ちうどん 忍」とあった。
店主は誠を真剣な眼差しで見つめ、言った。
「住み込みで大変だが、頑張れるか?」
「はい、頑張ります」
颯太は頭を下げた。
「弟です。何かあれば私が責任を取ります。よろしくお願いします」
こうして誠は「忍」で働き始めた。颯太は何度も振り返りながら駅へ向かった。
心配と同時に、不思議な幸福感が胸に広がる。
何かあると、颯太はつい恵子に電話をかけてしまう。
「よかったですね、本当によかったですね」と、恵子は真剣に話を聞いてくれた。
颯太はそのすべてを、彼女と共有していた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
誠のこれからと颯太の支え合い、そして二人を取り巻く人々との縁が物語を進めます。次回もよろしくお願いいたします。