九、鬼の結婚事情
手足のむくみはまだ残っているが、まぶたや顔はむくんでいない。
脈も違和感はない。
キサラの調合した薬は効いているようだ。
「調子はよさそうです」
「今まで磨りガラス越しの光でもヒリヒリしたが、それがない」
「元々火を扱う鬼ですから、その症状は早めによくなるのかもしれません」
「やっぱり病気のせいか」
薬を開始して二日。
効果が早いのは、火属性の鬼だからなのかもしれないとキサラは思った。
「結局、この病気はどんな病気だ?」
「体の中に水がたまりすぎる病気です。時間をかけ、体に余分な水がたまっていき、手足や顔にむくみが出てきます。火や風の属性を持つ妖怪だと、水の調整が難しく、症状が強く出ることがありますが、ナツヒ様の場合は、火の力が強いので、症状が出にくかったのでしょう」
「日の光は?」
「日の光は、水を蒸発させます。体の中にある水が蒸発するのを恐れて、日の光を嫌った、という説や、体の中で水の移動がおこるからという説など、さまざまです」
「なるほど。どっちでもしっくりくるな」
「水が過剰であったり、水の分布が不自然だと、火の力は出しにくいはずです。ですが、徐々によくなるでしょう」
それまでは薬を飲んでおいたほうがいい。
キサラは、充分量の薬を作る必要がありそうだ。
「ふむ。治るとすればどれぐらいだ?」
「数ヶ月かけて、薬を減らすことになります。薬をやめることができるかは、様子をみながら判断します」
「では、君はまだまだここに必要だな」
最後の言葉は聞こえなかったふりをした。
よくなったあとの微調整は、坂城でもできるだろう。
それに、悪くなったときに、呼び出されるだろうし、それでよいと思った。
「ところで、君の出身は?」
「”北西の巴”です」
『巴』というのは、この国にある四箇所の地域をいう。
この国を治める五つの領土のうち、三つの領土の境界。
そこには、力の弱い妖怪や、人間が多く住んでおり、妖力の均衡が崩れやすい場所。
北西の巴は、水・土・風の性質が重なり、そのときの妖怪の分布によって妖気や気候がかわる。
キサラが育ったときは風が強く吹いていた。
「そうだよな」
ナツヒがうんうんと頷く。
「で、キサラは結婚してないね?」
「質問の意図がわかりません」
「他のやつの気配はないから、結婚してないな」
「よくわかりません」
「これが治ったら結婚しよう」
「許嫁がいるんじゃないですか?」
キサラは以前からの疑問を投げかけた。
通常、鬼は鬼と、人間は人間と結婚する。
他の妖怪も一緒だ。
特に、紅家のような名家の鬼で、次期当主の証である角を持って生まれたものは、同じ火の属性の鬼と婚約することがほとんどのはずだ。
目の前のナツヒも例外ではない。
「許嫁はいないな。よかったなぁ、キサラ」
「いたことはあるでしょう?」
「この病になって婚約を断られた。父親や母親でさえ見に来ない。おかげで結婚の話は滞り、俺はキサラに会えた。俺は断られてばかりだけど、今回は違う。俺はなんとしても、君と結婚する」
「人間と結婚は、紅家としてはまずいのでは?」
「関係ない。俺は君でないといけない」
ふふん、と機嫌よく鼻をならすナツヒは、キサラの意見を聞く気もない。
ああ、ずいぶんと鬼らしい、とキサラは内心思った。
やはり彼は鬼の次期当主なのだ。
「いずれにしても、私からは何もお答えできません」
「君は、結婚することに同意してくれればそれでいい」
「それはできませんので、しかるべきところに相談させていただきます」
キサラはそう言い残し、ナツヒの部屋をあとにした。