八十二、ナツヒとキサラの答え
「今日はすまない」
「問題ないです」
数週間後。
キサラは慣れない着物を着て、紅家の廊下を歩いていた。
隣にはスーツを着たナツヒ。
慣れない服を着て歩くキサラの歩幅に合わせて歩いている。
「む、むしろ、こんな服をもらってすいません……」
「今日は大事な日だ。それに、君には服を贈りたかったんだ」
「俺が」と笑うナツヒの顔は、少しでも緊張をほぐそうとしていた。
二人が向かうのは紅家の応接室。
そこで、ナツヒの家族と会うことになる。
前は、ナツヒの担当医としてだったが、今は違う。
「それに、キサラは俺の愛する妻になる人だから」
ナツヒの結婚相手として、紅家の当主に会う。
おそらくナツヒとキサラの覚悟を問われるだろう。
緊張しているのはナツヒだけではない。
キサラは、体の前に組んだ手をぎゅっと握りしめた。
「キサラ、大丈夫だ」
握りしめた拳を包みこむ、さらに大きな手。
キサラがナツヒを見上げると、手と同じぐらい暖かいまなざしがキサラをみていた。
「俺が、守るから」
「ナツヒ様」
目の前に応接間の扉。
二人は頷いて、中に入った。
「待っていたよ、ナツヒ、キサラさん」
部屋では、カゲツ、リン、エンが座っていた椅子から立ち上がったところだった。
ちらり、と見回しても、藤や坂城はいない。
応接間には机は用意されておらず、二人分の椅子だけが用意されていた。
「二人とも座りなさい」
「失礼します」
キサラとナツヒは一礼をしてから、用意された椅子に座る。
全員が椅子に座る。
カゲツはにこり、とキサラに笑いかける。
「円弧先生、いや、キサラさん。久しぶりですな」
「ご無沙汰しています、カゲツ様」
「このような形でまたお会いできるとは」
そう言って笑うカゲツの目は、そうは言ってないと、キサラは思った。
そして、カゲツの横でキサラをにらみつけるリン。
飛びかかってくることがないのは、カゲツのせいなのか、ナツヒのせいなのか。
「さて、ナツヒから話は聞いてるよ。キサラさんは紅家に入るという覚悟でここに来た。正しいかな?」
「はい」
「前のキサラさんは、人間として生きると言っていたね。今もそれは変わらないかな?」
「はい、私は人間です」
「ふむ……」
カゲツが探るように、キサラの目をのぞき込む。
ナツヒから聞いたことを思い出した。
妖怪はその瞳が深いほど妖気が強い。
それと同じようにキサラの瞳が一番妖気を感じ取れるのだという。
「妖気を抑える施しをされているね。君の覚悟が見えるよ」
「ナツヒ様から、治療のお礼にと琥珀をいただきました」
今もつけている首飾り。
キサラはそれに触れた。
琥珀を見たカゲツの目尻が弧を描く。
「よい。では、改めて人間のキサラさんに同じ質問をしようか」
ちらり、とカゲツの目はナツヒにも向かう。
「妖怪と人間は違う生き物だ。その違いが、思わぬ誤解やすれ違いを生む。夫婦となるなら、それを乗り越える必要がある。君たちにはその覚悟があるか?」
それは、キサラがこの紅家を去る食事会で言われた言葉。
前回、キサラは何も答えられなかった。
しかし、もう状況は違う。
「私は、妖怪に関係する立場にいます。妖怪の思考や人間とのすれ違いについて知っているつもりでした。でも、乗り越えるつもりはありませんでした。ナツヒ様は歩み寄りをしてくれました。私は乗り越えるならナツヒ様と乗り越えたいと思いました」
「俺……私も、キサラと出会って人間の考えを理解するよう努めました。まだ不十分なところもありますが、キサラとともになら、乗り越えることができます」
ここに来るまでに与えられた課題。
それを乗り越えた二人なら。
キサラがナツヒを見ると、ナツヒもこちらを見て微笑んでいた。
「カゲツ様。ナツヒ様は、私がナツヒ様と乗り越えられないと思っていた問題をすべて解決してきました。それは私が納得できるものでした」
「なるほどな」
「私は……ナツヒ様のその姿勢に好感を持ちました」
キサラは言葉を絞り出す。
カゲツは納得したようにうなずいた。
反対は、されなかった。




