八十一、ふるさと
「で。キサラはいつから南領に入るのか、決まってる?」
マサがニコニコしながら聞いてくる。
あ、これが本題か、とキサラは気付く。
もうこの沼地は墨家の管轄だ。
「そんな話はまだないですよ。そもそも、まだ紅家の公式の了解はもらってないです」
そう。
今もキサラは週に一回ナツヒと食事を続けているが、ナツヒの両親から了解をもらったわけではない。
エンも含めたナツヒの家族にはナツヒから話をする、というところまでは聞いているが、続報はなかった。
「そうかぁ」
「ま、待ってください」
アキが手を上げて、マサとキサラを見比べる。
「もしかして、キサラ先生はこの沼地から離れることに……なる?」
「その話をしにきたんだよ」
青ざめるアキに対して、マサはまた意地の悪い笑みを浮かべる。
キサラは静かにそれを見守った。
多分、この流れはマサに任せたほうがいいだろう。
「キサラは遅かれ早かれ、この沼地から離れる。ナツヒの気合いの入りようと、その妖力を考えると、父親を倒してでもキサラを紅家に連れていくと思う。そのとき、この診療所を守る人が必要だ」
「ま、マサさま……まさか私をここに送り込んだのって……!」
ああ、かわいそうに。
キサラは少しアキに同情した。
やはりマサの下で働くのは大変かもしれない。
「アキ、君はこの診療所を継ぐことをお願いしたいね」
「私では役不足です」
「そんなことないけど」
アキの言葉は聞き捨てならない。
キサラはすぐに否定した。
「アキ先生はとても優秀です。私の持たない知識もありますし、むしろ助かっています」
「キサラ先生⁈」
「それに私も週何回かはこっちに来たいし」
「本当ですか⁈」
「キサラがいなくなっても、墨家は継続的にここを支援するしね」
マサとキサラの言葉でアキは冷静を取り戻す。
キサラは沼地を見回した。
この沼地から離れる。
小屋を建てたときには、そんなことを思ってもいなかった。
ずっとこの沼地にいて、最後までここで生活するのだと思っていた。
すこしさみしい気持ちもある。
「キサラ先生が来ないとさみしいですからね!」
「…アキ先生……」
「なので、いつでもきてください!」
「ありがとう」
変わらず、ここはキサラにとってのふるさとだ。




