七十九、キサラがナツヒと結婚できない理由
「私はあの沼地を離れるわけにはいきません」
「マサがあの沼地を発展させようとしているらしいじゃないか。しかも、診療所を建て替えて、人も増やそうとしている」
「私の患者はどうなるんですか?」
「キサラが南領から通うのはどうだ?週何回か。紅家は南領の中でも中央領寄りにあるからな」
「墨家に本格的に支援を要請しよう」とナツヒが高らかに宣言をする。
本当にしてしまいそうだし、笑顔で了承するマサが思い浮かぶ。
事実、マサは今あの沼地に人を集めようとしてくれている。
まるで、キサラがいなくてもいいように。
「わ、私は『闇医者』ですよ」
「それは泉狐家が勝手に流した噂だろ。それに『闇医者』じゃないことは『ミズタマリ』で証明された」
「私が南領に行ったら、私の妖力が強くなるのではないですか?」
「強くなったら問題があるのか?まぁ、人間だけど妖力が使えるようになったら、俺は本当にかなわなくなるなぁ。でもそんなキサラでもいい。それに俺の妻になってしまえば、変な虫も付かなくなる」
「そうなったら、妖狐の一族から、苦情が入るかもしれません」
「妖狐の一族には君には関わらないと言質をとった。それに、君に興味はないらしいし。仮にそうだとしても、俺の妻を横取りするなど許さない」
何故、ナツヒの口からすらすらと『俺の妻』発言がでるのか、わからない。
だが、キサラの心配事は次々と解決されていく。
他にないか、と黙って考えていると、ナツヒがニヤニヤと笑いながら見てきた。
「キサラ一つ大きなことを忘れてる」
「な、なんですか」
「キサラから俺のことが嫌い、という問題がでてきていない。つまり、好きということでいいんだな」
どくり、とまた一つ心臓が高鳴った。
最初に見たときから、吸い込まれそうな赤い瞳。
いつ、吸い込まれてしまったのか。
ずっと気をつけていたはずだったのに。
気をつけていた、油断をしていると本当にその通りになりそうだったから。
油断していたわけではなかった。
これは、多分、そうなるしかなかったんだ。
「おばあちゃんとおじいちゃんも、そうだったのかなぁ」
キサラがぼそり、と呟く。
多分ナツヒにも聞こえているはずだが、肯定も否定もせず、ただ、ニコニコとキサラを見続けていた。
「キサラ、俺と結婚してほしい」
その言葉は、何度も聞いたはずなのに、初めて心に届いた気がした。
もう、キサラには否定する言葉が出てこなかった。




