七十七、人間が鬼と結婚できない理由
「そろそろ、私を諦めませんか」
「いやだね」
「ナツヒ様にとっても、紅家にとっても、いいことはありません」
「いいことしかない」
「言い方を変えましょう。悪いこともあります」
「例えばなんだ?」
ナツヒの表情は変わらない。
以前のナツヒなら、不快になりそうな言葉を並べているのに、一向に怒る気配も、苛つく気配もない。
「ナツヒ様。私はナツヒ様と結婚できないので、時間の無駄です。これから、当主を引き継ぐのであれば、一週間に一回だとしても、私にかけるべきではないと思います」
「前提が違うな」
ナツヒは微笑みを崩さない。
「キサラ。君はまず、俺と結婚できない理由を説明する必要がある」
「……」
この感じ。
キサラは覚悟を決めた。
やはり、今のナツヒは感情だけで話はできなくなった。
「私は人間です。紅家の正統な継承者が妖怪でもない、人間と結婚することは許されないのではないですか?」
「俺の人生は俺のものだ。それに誰が許さないと?」
「今のご当主様とナツヒ様のお母様です。そして、いずれはナツヒ様の部下になるだろう鬼たちです」
「父上から反対は受けていない。母上は父上が説明してくれるだろうし、最終的には俺の力は母上以上だから、問題ない。一族の者たちも俺よりも弱い」
「紅家が大丈夫でも、他の鬼はどうでしょうか。ナツヒ様と同じ力を持つ、他の領地の鬼たち。護国を担う他の一族の反感はないのですか?」
「『―――妖力を有する者は無き者を救け、妖力無き者は有する者を佐くべし。双方が揃い、国家は栄えん』」
その一文は国の成り立ちを表す一文。
知らないはずがない、この国の大前提。
「この国は妖怪と人間が取り合ってきた。この国を支えようとする俺は、人間を理由に結婚を否定する鬼は、護国を考えていないに等しいと軽蔑する」
「それに」とナツヒは話を続けた。
「この国を創立した杏家の鬼の当主は人間と結婚した。知られていない歴史だけどな。その文章を古文書から見つけた」
「まさか、古文書を読んでいた理由は……」
「過去、護国を担う鬼の一族で人間と結婚した事実があると思った。だから、調べていた」
キサラがいる研究室に出入りしていた理由。
医学に利用する『古代医学』の研究室なら、古文書を読むことも容易だった、ということ。
それに古文書の読み方がわからなければ、テツが教えてくれる。
「ナツヒ様、最初からそのつもりで」
「当たり前だ。キサラがそう言ってくるのはわかってた。前例があれば、文句もない。それは他の鬼たちも」
得意げにナツヒが笑う。
しかし、それだけが答えにはならない。
「それなら、当主…カゲツ様への返答も準備できているのですね。国と夫婦は違います。夫婦としてうまくいく例は少ないと言われたのを忘れていないでしょう」
「ああ」
キサラがそう言うと、ナツヒは静かに頷いた。
表情は少し硬くなり、真剣になる。
「まだ完全には乗り越えていない。そして、すぐに乗り越えられるわけじゃない。キサラ、君は人間だと言った。その通り、人間だと思う。感情を殺して、俺から身を引こうとする。それが人間としての答えだった。だから、君の行動に、俺も人間の考え方を理解して対応しようと思った」
ナツヒは感情だけで動かなくなった。
最終的に当主になるために、国のためには必要な能力だ。
それを、キサラとの結婚のためにも身につけようとしている。
「君のためなら、人間の考え方を身につけたい。妖怪の考え方を捨てたっていい。俺に人間の考え方を教えてほしい」
その目は真剣で。
多分、これまでキサラがナツヒやカゲツに訴えるときにそんな目をしていたのだろう。
「乗り越えるために努力をするし、一緒に乗り越えていけるようにしたい」
ナツヒが歩みよろうとしてくれたのは、初めてだ。




