七十六、キサラの妖気
いつもの個室に入って、ナツヒの前に座る。
ちらり、とみたナツヒはニコニコとこちらを見ていた。
「……楽しそうですね、ナツヒ様」
嫌みを言ったつもりだった。
しかし、彼の笑みはさらに深まる。
「もちろん」
「それはよかったですね」
「気づいてないか?」
「何をですか?」
ニコニコと笑うナツヒが何を言っているのかわからない。
キサラは首をかしげる。
「妖気が出てるぞ」
そう言われても。
キサラの表情は変わらない。
琥珀の首飾りをつけていれば、妖気が漏れないと言ったのはどこの誰だったか。
「琥珀をつけていても、漏れるときがある。まぁ気づいても俺ぐらいだろ。それが、どういうときかわかるか?」
「さぁ、知りません」
「感情が高ぶっているときだ。怒るとき、苛ついたとき、恐怖したとき、楽しいとき、うれしいとき。どれだと思う?」
「自覚がないですね」
「人間なのに?」
完全に楽しんでいる。
それが意地の悪い感情からなのか、からかっているのか、単純な気持ちからなのか、わからない。
少なくとも、キサラは先ほどの感情を、自分の中で説明しきれてはいない。
「……わかりません」
「わからないかぁ」
「遊んでますか?」
「半分ぐらい」
くくく、と楽しそうにひとしきり笑ったあと、ナツヒはキサラをまっすぐみた。
「俺はさっきのキサラが好きだったよ」
「よくわかりませんが……」
「説明しよう」
料理が運ばれてくる。
それに手をつけながら、ナツヒは説明を続けた。
「君も知ってるとおり、俺たち妖怪は感情で動く。そして、相手の感情は相手の妖気で知る。キサラには元々妖気は少ないし、琥珀をつけているから、ほとんどわからない。あいつも気づいていない」
あいつ、とは、先ほど声をかけてきた鬼の女性のことだろう。
きれいな人だった、とふと思い出す。
特にナツヒと並んだとき、お似合いだった。
「ほら、それ」
「え?」
「俺はキサラがどんな妖気か知っているから、わかる。複雑な気持ちを持ってる。それはなんだ?」
ナツヒの顔にニコニコが戻る。
疲労も相まって、キサラはイライラするのがわかった。
「イライラしてます」
「なんで?」
「ナツヒ様が楽しそうに私で遊んでいるからです」
「そうじゃない、その前。例えば」
んー、と考え込んでから、ナツヒが指を鳴らす。
「あいつが俺の腕をたたいたとき」
「……」
「で、俺がキサラを抱きしめたとき」
「抱き……!」
「間違ってないだろ」
「で、どうだ?」とニコニコと聞いてくる。
また、心臓が騒がしくなってくる。
キサラは顔が熱くなるのを自覚しながら、落ち着かせるために息を吐く。
「……そうですね、美男美女だと思いました」
「それで?」
「ナツヒ様によくお似合いの方だと思いました」
「それだけ?」
「……う」
二人を見たときの自分の感情を振り返っていく。
あのとき、自分はどう思った?
「うらやましいと、思ったかもしれません……」
「俺に抱きしめられたときはどうだった?」
「……懐かしいな、と」
「うんうん、うれしそうだった」
キサラは手元の食事に目を落とした。
顔から火が出そうとはこのことだ。
そんな話をするために、ここに来たわけじゃない。
「……ナツヒ様」
「なんだ?」
なのに、うれしそうに話を進めるナツヒにイライラする。
感情と現状は、別だ。
「そろそろ、私を諦めませんか」
逃げてはいけない。
キサラはまっすぐに、ナツヒの瞳を見据えた。
落ちてはいけない。




