七十五、「今から落とすんだ」
ナツヒとともに大学校を出る。
ナツヒと歩くキサラの姿は、いつの間にか自然になっていた。
最初は驚いて振り返っていた人たちも、何も言わずにナツヒに黙礼をしてすれ違う。
食事の場所に行く間、キサラはずっと黙っていた。
ナツヒも、キサラの体調を気遣ってか、何も言ってこない。
それがキサラにはありがたかった。
机で寝ると思いのほか寝てしまい、すっきりした気持ちになった。
やっぱり疲労か、と自嘲する。
「あれ、ナツヒ‼」
「……おう」
店に入ろうとした手前で、呼び止められたナツヒが足を止める。
倣ってキサラも足を止めた。
呼びかけたのは女性。
その姿を見て、鬼だとわかる。
黒髪に赤い瞳。
ナツヒの一族だろうか。
「中央で会うなんて偶然ね」
「そうだな」
「今からご飯?ここおいしいよね」
「まぁな」
「そんなぁ!あからさまに不快な妖気を出すのをやめなさいよぉ!」
女性は笑いながら、ナツヒの腕をバシバシとたたく。
ナツヒはそれを振り払うわけでもなく、ただ受け止めている。
キサラは静かに一歩下がる。
女性は角ありのナツヒに敬語を使わずに話をしている。
となると、それなりの地位がある鬼。
そして、少し離れてみると、美女だった。
「……」
そんな彼女に負けず劣らず美男なのがナツヒだ。
二人が並んでいると絵になる。
ずっと眺めていたくなるぐらいに。
自分はその場所にはきっといらない。
「離れろ。俺は今からデートだ」
「ん?ああ、例の人間ちゃんね」
キョロキョロと女性が周囲を見て、視線からキサラを見つける。
にこり、と笑うその笑顔もきれいで、キサラは静かに頭を下げた。
「あのナツヒが骨抜きになるとはねぇ」
「というわけで、お前との約束はない」
「冷たいわねぇ、私に紹介だってしてくれたっていいんじゃない?」
「ないな」
地面を眺めるキサラの視界に見知った靴が入ってくる。
ゆっくりと頭を上げると同時に、目の前が真っ黒に染まる。
紅家の匂いと同じ匂い。
懐かしいと思ってしまった。
「今から落とすんだ。黙ってろ?」
「ふぅん」
背中に回された腕は、祖母に抱きしめられたときを思い出す。
それが誰の腕なのか、思考回路がゆっくりと動き始める。
考えれば考えるほど、心臓の鼓動が大きくなっていく。
キサラが腕を振り払う前に、体温が去って行く。
「大丈夫か、キサラ」
「……な、ナツヒさま……えっと……?」
上を向けない。
背中に残った温度は今は肩に移動していた。
「……まずは入ろう。それからだ」
腕を優しくつかまれ、引かれるがままにナツヒとともに店に入った。
何故抵抗しないのか、自分が一番理解できなかった。




