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七十二、砦の見学

「僕の()(さつ)についてくる形でごめんねぇ」

「それで(かま)いません。見学だけなので」


沼地の診療所をアキに任せたキサラは、マサとともに北の砦に来ていた。

マサは動きやすい紺色一色の(はかま)に、(わき)()しを持っていた。

いつもと違う雰囲気の服装に(おどろ)くが、それが角ありの鬼の姿なのだと気付く。


「にしても、どうよう風の吹き回し?」

「別に。ただ、砦の外を知っておいたほうがいいのかな、と思いまして」


わざわざマサに言う必要もないだろう、と黙るキサラだが、マサがその視線を(とら)えにくる。


「なんでぇ?」


先日のナツヒとの食事を思い出す。

おそらくマサに伝わるのも時間の問題。

キサラはふぅ、と息を吐く。


「父や祖父母は、砦で戦ったと聞いているので……」

「らしいね」

「やっぱりご存じでしたか」

「ナツヒから聞いたよぉ」


マサはそう言って笑う。

本当に筒抜けなのか、ともはや驚きもしない。


砦は大学校よりも高く、分厚い壁と(がん)(じょう)な扉でできている。

その向こうはキサラでも感じる妖気が流れてきている。


「さて、キサラ」


砦の向こうが見える高台まで階段を上りながら、マサがにやりと笑う。


「煎じ薬は持ってきたかな?」

「はい」


砦も含めて、国境の近くは妖気に(あふ)れている。

人間は外の妖怪に恐れるだけでなく、国境を越えて流れてくる()い妖気でも体調を崩す。

キサラも例外ではない。

この日のために作り置きをしていた煎じ薬を取り出す。


「僕から離れないように。じゃないと、僕がナツヒに殺されちゃう」


後半は真顔で言い、ぶるっと震えた。


「多分、そのときは勝てないだろうなぁ」

「ナツヒ様とマサ様は同等なのでは?」

「ほぼ同じ。でも、キサラのことになると、多分強い」

「多分?」

「僕ら妖怪は、感情が強いと引き出せる妖力も強くなるから」


高台の頂上まで(のぼ)りきる。

風が強く吹く。

大地は広くて、真っ平ら。

遠くに山や森は見えるが、その先は見えない。

何よりも国外から流れてくる風は、知っているものより重い。


「ここの妖気が一番強いはずだよ」

「……」


気分が悪くなり、薬を一口のんだ。

それだけでよくなるものではなく、必死に足に力を入れた。


「目に見える壁は直接の(しん)(にゅう)(はば)んでいる」

「でもそれだけではないと、本で読みました」

「その通り」


国境を示す壁の上では、鬼だけでなく様々な妖怪が歩いて見回っている。

マサの指がすーっと壁に沿う。


「中には空を飛ぶ妖怪もいる。この壁は昔の杏家が作ったものだが、壁の上にも(けい)(やく)していない妖怪が入らないようになっている。この国の土地全体にも杏家の力が及んでいる」

「時々、その(けっ)(かい)を通ってくる妖怪もいるのですか?」


壁の向こう、遠いところは薄いもやがかかっているが、中でうごめく影がに見えるような気がする。


「杏家の力はこの壁までだけじゃなく、そこから少し行ったところまで(おお)っている。大抵の妖怪は近づけない。でも、何かが近づいたら、妖気で連絡がくるようになっている」

「そうなんですね……」


今は何もなく、穏やかだ。

季節が夏前だったのもよかったのかもしれない。

冬だとこのあたりは雪だろう。


「僕たちは季節によって担当する妖怪を変更することもある。北領の妖怪は寒さには得意だけどね。雪が降るとやっぱり雪男とかが強いから」

「マサ様も……戦うことがあるんですよね」

「砦が危なくなったとき、(はい)()()えの時期は僕もでるときがある。僕らが恐れているのは、あの森」


マサが言うのは、もやの向こうに見えている森のことだろう。


「あの森に主がいる。基本的にはこの国には悪さをするつもりはないらしい。でも、森の状態が悪くなったり、他の妖怪との(けん)()に負けたりすると、こちらに(すき)が無いか(うかが)ってくる」

「ええ……」

「だから僕が出る。こっちの力はまだ(おとろ)えてないんだぞ、って見せつける」

「……重要なんですね」

「もちろん。他の妖怪達にも協力してもらってるんだ。僕ら当主がでないと士気が上がらないときだってある」


そう言うマサの瞳は、いつもの面白がる目ではなく、次期当主の横顔をしていた。

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