七、キサラの治療
「昨日から驚きの連続です……」
ナツヒの部屋から出たところで、坂城が息も絶え絶えにキサラに言った。
坂城の驚いた声に、ナツヒは機嫌を悪くしたのか、毛布をかぶってしまった。
用事が済んだので、二人は部屋を後にしたのだ。
「屋敷以外の人間に、あんなに話したり、笑ったり……なにより、病気になってからのナツヒ様は笑うことはありませんでしたから、久しぶりにナツヒ様の笑顔をみました」
「薬が効いているかもしれないですね」
キサラは作り笑いを浮かべてそう伝えた。
坂城は分厚い紙束をめくっていく。
「今まで勧められた薬は何一つ効かなかったのに」
「まぁ、そんなこともあります」
キサラは今の国内で最もよく使われている治療の知識を持っているが、生業ではない。
多くの医者が行う治療からこぼれた妖怪だけを相手にしていた。
最近の医学は、人間にも妖怪にも同等の効果がある異国の治療が主流になりつつある。
一方、キサラが生業にしている昔ながらの治療法は、人間と妖怪で異なるため、敬遠されている。
キサラもそれで多くの同僚達に嫌がらせをされたものだ。
「ああ、もうすこし早くあなたの沼に伺えばよかった」
坂城がそうこぼす。
「こんな診断が早くつくなんて」
「まだ診断はついてないですよ」
「え?」
キサラがそう言うと、坂城が動きを止めた。
「でも、あの薬は………?」
「私が今の体の状態に合うように調合しただけです。この薬が効けば、診断、ですかね」
「し、診断したから薬をだしたのでは?」
「私の仕事は診断じゃないですから」
坂城は流行の医者そのものだ。
一方で、まざまざと自分が少数派であることを見せつけられた。
「私は、目の前の人や妖怪をよくする、それだけですから」
「なるほど……」
キサラは逃げるように廊下の装飾に目をうつした。
「ところで、円弧先生は以前ナツヒ様とお会いしたことがあるのですか?」
「さぁ」
それについては、本当によくわからない。
思い出そうとしても記憶が無い。
「ふむ…先生の人柄でしょうか。私たち人間には感じない、妖怪だからこそ、感じる何かがあるのかもしれませんね」
「………そうですね」
キサラは簡単に返し、自室へと足早に向かった。