六十八、『ミズタマリ』の大先生
翌週。
キサラが別部署の用事を済ませて研究室に戻ると、その入り口で立ち尽くした。
研究室にナツヒがいた。
「最近のキサラ先生は人気ですから~」
「そうなんですか。まぁわかりますけど」
「……」
しかも、ご丁寧にテツがお茶を用意して、一緒に話をしている。
「キサラは言葉にするのが苦手ですからねぇ。それが魔性の魅力になっているみたいで」
「人間からみるとそうなのか!でも分かる気がします」
「……何してんですか」
キサラはテツを見下ろす。
思ったより低い声が出た。
テツとナツヒが同時にキサラを見上げた。
二人の間にある机には古文書が広げられていた。
「おーキサラ、おかえりー」
ひらひらと、緊張感もなく、テツが手を振る。
「どうだった?」
「どうもこうも……こんなところで何をされているんですか、ナツヒ様」
「キサラを待つ間、君の同僚に相談してた」
「相談されてましたねぇ」
ニコニコとテツがナツヒに同意する。
その状況にキサラの思考が鈍くなる。
「そう……ですか……」
「ナツヒ様が、人間と妖怪の関わり方について資料があるか、って聞かれたから提供してたんだよ」
「そ」
普段関わらない部署で仕事をして気疲れしているキサラは、短い返事をして自分の机に座りこんだ。
ちらり、とナツヒを盗み見すると、古文書に戻ったらしい。
テツが「またわからない部分があったら声をかけてくださいー」と丁寧に関わっている。
キサラも本当ならそうやって関わるべきなのだろうが、砕けてしまったな、と反省する。
だが、今更に変える気にもならない。
「あのーすいませーん」
また違う声。
キサラは研究室の入り口に目を向けた。
「し、失礼します……」
人間、おそらく学生だ。
気まずそうに足を踏み入れながら、周りを見渡す。
「やぁ」
テツが手をあげて、学生に挨拶をする。
「来たね。今日はいるよ」
「ほ、本当ですか?!」
「ああ」
テツの目がちらっ、とキサラを見る。
どうやらこの学生の用事はキサラらしい。
「あ、あなたが円弧キサラ先生ですか?」
「そうですけど」
ナツヒの目線を感じるが、何も言ってこないらしい。
キサラは気付かないふりをして、学生に近づいた。
「彼は今週ずっと君を探してきていたよ」
「なんでしょう?」
見たことのない人だ。
向こうもキサラを初めてみるように、キサラの姿を確認する。
「その、円弧先生の診療所を見学させていただきたいんです!」
「……はぁ」
何も面白くないぞ、という言葉が出てきそうだったが、すんでのところで踏みとどまる。
横でテツが面白そうに笑った。
「彼だけじゃない、先日から何人か、円弧先生を訊ねに来ている」
「ええ……」
予想外の展開に、いい言葉が思いつかない。
学生が見学にくるなんて。
「えっと、それは正式な依頼がでているんですか?」
「まずは円弧先生の許可が必要です。受け入れ可能だったら、こちらで手続きをとります」
「あー……」
いろいろな問題が頭を駆け巡る。
学生が想像するような立派な場所でもないし、建物もない。
行き当たりばったりな診療所だ。
学生が訪問して、期待するようなものは出せない。
「俺は反対だなぁ」
「え、っと、あっ」
学生が固まる。
キサラは上から降ってきた声にため息をついた。
「ナツヒ様」
「あ、あ、あ、なたが、く、紅の……」
「キサラのあの小屋に人間の男が入る?俺は許せる気がしない」
「ナツヒ様は黙ってください」
まさか部屋がないとか、環境が整ってない、とか、期待に満ちた学生に言うのは酷だ。
いっそのことナツヒの言葉を借りて断ろうか、と悪い考えが浮かぶが、思いとどまる。
「これは、人間の問題ですから」
とはいったものの。
簡単に許可を出す勇気はない。
キサラの中で、かつて自身も行った学生見学の記憶を引きずり出す。
「……一度考えさせてもらっていいですか?その、うちはあまり学生が来る場所ではないので、場所もないし、環境もわるいので」
「でも、そこで円弧先生は働いているのですよね?」
「まぁ、そうだけど……」
その場は考えさせてほしいの一点張りで、乗り切った。




