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五十四、お忍び

「は……?」


本当に軽い気持ちだった。

一目でいいから、キサラがいる沼地をみたかった。

その気持ちを抑えられず、付き人に口止めして、お忍びで来てしまった。


ナツヒは木々の間から見つけた小屋を見て、満足していた。

満足していたはずだった。

しかし、さて帰ろうか、と思ったところで扉が開いた。


「キサラ……?」


遠目だが久しぶりに見たキサラは変わらない。

何度見ても、キサラを見ると安心する自分がいる。

しかし、現れたもう一人の人間をみて、体が固まる。


「あいつ……」


出てきたのは短髪の男。

笑顔でキサラが喋っている。

あんな顔、ナツヒには見せたことがない。


「泊まってもらってもいいのだけど……」

「そんなことをしたら、キサラ先生が風邪を引きますから」


そんな話し声が聞こえる。

泊まる。

小屋は狭そうで、ナツヒの部屋の半分ぐらいしかない。

そんなところに二人で泊まる。

ナツヒの心の奥底がふつふつと熱くなる。

一度大きく息を吸って、吐いた。


キサラは笑顔で男を見送り、外を(なが)めている。

ばれないように、ナツヒは思わず木の陰に隠れた。


「人間か……」


慢心していた。

キサラが他の人間と一緒にならない、なんて考えてなかったことに気付く。

ナツヒが沼地に会いに行くまで待っていてくれると思っていた。

だが、キサラはナツヒを患者としかみていない。

わかっていたはずなのに。


「遅かった……か?」


以前の自分なら、あの瞬間に飛び出して、あの男を問い詰めていただろう。

今、それをしたら、状況がさらに悪くなることぐらい、ナツヒにもわかる。


「どうしよう……」


ナツヒはずるずると、その場にすわりこんだ。

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