五十二、人間と妖怪
「キサラ先生は、今でもあなたのことは患者としてみています。私との手紙のやりとりも医者だからです。それだけなんですよ」
ナツヒもわかっているのだろう。
あの夕食会で、ナツヒは高らかに「俺は乗り越える」と答えた。
しかし、キサラはナツヒとともに種族の差を超えるつもりがない。
「何でなんだ……」
ナツヒはうつむき、うめく。
それを静かに坂城は見つめた。
ナツヒの気持ちも、キサラの気持ちも、なんとなくわかる。
だが、カゲツの言う通り、これは二人の問題だ。
「俺はどうすればいい……人間の、キサラの考えが理解できない……」
「ナツヒ様が理解できないことだとしても」
坂城は慎重に言葉を紡いだ。
ナツヒが縁を持つ人間は坂城とキサラぐらいだ。
人間のことがわかるのは、おそらく人間だけ。
だからこそ、カゲツは秘書として人間の藤を横に置いている。
しかし、ナツヒは違う。
「ナツヒ様は理解しなければなりません。あるいは、理解する努力が必要です。それが大変な努力であることは承知しています。それが人間と結ばれるということではないですか?」
「人間は難しい」
「ええ、難しいです。それと同じぐらい人間にとって鬼を含め妖怪は難しく感じます。お互い様です」
「こんなに好きなのに」
「好き、という感情だけでその通り動けないのが人間です」
キサラがどう思っているのかはわからない。
感情を出すよりも、彼女の思考回路が上回っているようだ。
「人間からすれば、好き、という感情だけで、相手を理解する努力をしないのはまさに妖怪なのでしょう」
妖怪からすると、感情通り動かないことは違和感なのだろう。
しかし、人間からすると、感情のまま動くことが違和感。
キサラの祖父母のように、人間と妖怪の結婚がないわけではないが、うまくいく例は少ない。
「人間はめんどくさい」
「それが人間です」
「キサラは人間じゃない」
「ですが、彼女は人間として生きています」
「……」
「カゲツ様の言葉を思い出してください。多くの人間と妖怪が、考えの違いを乗り越えようと努力しようとしました。今のナツヒ様じゃないでしょうか」
考え方の違いを越える。
それができなければ、ナツヒはキサラにとって患者から結婚相手へと変わることはない。
キサラは一度も、ナツヒを”異性”とは見ていない。
「……坂城」
「なんでしょう」
「これからも相談に乗ってほしい。俺には人間の思考を教えてくれる人が必要だ」
坂城は背筋を伸ばした。
キサラのことをよく知るものとして、応援したい。
あのキサラが、もし、ナツヒとともに幸せになれるなら。
「可能な限り」
「春だ」
「ナツヒ様?」
「春までに、この課題を終わらせる。春にキサラの沼地にいく」
坂城は静かに頷いた。




