五十一、坂城の治療
「ナツヒ様。今日のお薬です」
「……」
ナツヒの部屋に入った坂城はわからないように眉間にしわを寄せた。
部屋の中が重い。
雰囲気だか、空気だか。
ナツヒの病状が悪いときのような、湿度の高い、水っぽい重さではない。
おそらく、これがナツヒの妖気なのだろう。
「…今日は飲まない」
「それはキサラ先生が悲しみます」
「俺が悪くなれば、キサラがまた来てくれるだろう。それに、放っておかれた俺はすでに悲しい」
「と言われましても……」
「体調はいい。北領までいけるぐらい体調はいい。だが……」
ナツヒは自分の目の前にある資料をにらみつけた。
「なぜこんなに課題が山積みに!」
ブワァと坂城の鼻腔に生暖かい、ピリピリした空気が舞い込む。
キサラとナツヒが出た最後の夕食会。
あのときと同じ強い妖気。
「ナツヒ様、落ち着いてください」
「俺は北領に出かけたいのに、父上は南領の課題ばかり!」
おそらくカゲツの狙いはそれだ。
体調が戻ったナツヒなら、北領にあるキサラの沼地に出かけるだろう。
それを阻止するための課題の量だと、坂城は考えていた。
「ナツヒ様。体調はよいとのことで、薬は一度減らしましょう。キサラ先生からも、そろそろ減らす時期と聞いています」
「……キサラは元気そうなのか?」
重い空気が少し軽くなる。
あとで自室で煎じ薬を飲もう、と思いながら、坂城は「ええ」と答えた。
「キサラ先生とはナツヒ様の体調について手紙でやりとりをしていますが、手紙を見る限りはお変わりないようです」
「俺のことを心配していたか?」
「ええもちろんです」
多少齟齬はあるだろうが、そう答えておいたほうがこの場はいいだろう。
「そうか」
その返答にナツヒは笑顔を浮かべる。
「今後の予定ですが、キサラ先生から少しずつ減らすように言われています。まずは一日三回のんでいたのを一日一回に減らすのはいかがでしょうか?」
「それでいい」
机の上の書類に向かい合ったナツヒは笑みを浮かべたまま。
「たとえ調子が悪くなっても、キサラが来てくれるだろ」
「……ナツヒ様。カゲツ様に言われたことを忘れた訳ではないですね」
坂城は思わずそう口にした。
ナツヒはカゲツから提示されている新しい許嫁を断っている。
自分より力のある当主からの提示を断るほど、ナツヒはまだキサラを諦めていない。
それなら。
「ナツヒ様」
「……わかっている。忘れていない。鬼だろうが、人間だろうが、妖狐だろうが。俺はキサラを手に入れる」
「キサラ先生は、今でもあなたのことは患者としてみています。私との手紙のやりとりも医者だからです。それだけなんですよ」
「……」
ナツヒは黙ってしまう。




