四十七、マサの勧誘
遡ること一ヶ月前。
キサラが紅家からいなくなったせいか、南領から暖かい妖気混じりの風を感じる。
このままでは冬が来ない。
同時に、ナツヒから時々届く手紙の内容を思い出して、頭が痛くなる。
「マサ様、大丈夫ですか?」
「え、ああ。続けてくれ」
マサは当主の仕事の手伝いで、領内の工場見学に来ていた。
工場は人間と妖怪が協働しているところで、それぞれの得意分野を生かすよう配置されている。
マサのような、墨家の関係者が見学にくることにより、妖怪の意欲をあげたり、問題行動に対応しやすくなるのだという。
「こちらが主に妖怪にお願いしている仕事です」
染料工場の中では、機械が多く動いている。
妖怪達が染めるための布の生地や染料を運び、機械に放り込んでいる。
「皆、力が強く助かっています」
大きな鍋に入っている生地と染料を混ぜるのも、力のある妖怪が担当している。
働いている妖怪は、化け猫や妖狸など様々。
漂う妖気に嫌な感じはなく、皆気持ちよく働いているようだ。
「こちらも、妖怪に任せています」
案内されたのは倉庫の一部。
そこでは少人数で体の大きい妖怪が整理をしていた。
「材料の仕分けや在庫管理を任せています」
「………彼は?」
ふと、気になった妖怪がいて、マサは足を止めた。
背の高い妖狐が、一人黙々と荷物を運んでいた。
工場長を務める人間が「ああ」と頷く。
「泉狐ですね。長くここで働いてくれています。なんでも、病気がちの祖母がいるらしくて……」
「通常妖狐は”巴”か砦の管理業務に充てていることが多いと聞くけど?」
「彼の父親が”北西の巴”の管理をしています。妖力は強いらしいのですが……」
「本人たっての希望です。まあ我々としても妖力の強い妖狐がいると、助かることもあります」
工場長の横に立つ副工場長は妖怪の長としてそばにいた。
他の妖怪とは異なる妖力を感じていたマサは頷いた。
「彼がここの管理を?」
「一部任せています。看病もあるので時間の融通を利かせたいと、下働きのままです」
「そうか……」
マサは、妖狐から発せられる妖気に首をかしげた。
「君」
「はい」
声をかけると、妖狐は作業を止めて、マサと向き合う。
「墨家の角ありさま……」
びくりとして、マサを見て姿勢を正す。
「墨マサ様だ」
「マサ様……」
「親戚が大変と聞いた」
「お、お心遣い感謝します……」
マサを見た妖狐はその大きな図体で頭を下げる。
「薬代が足りないのか?」
「いえ……俺がいないと、おばあさんは薬を飲まないし、薬も定期的に届きますので……」
「生活はできているのか?本家からの支援もあるだろ?」
妖狐の一族は国全体にいる。
本家は南領にあり、一定の支援が本家からあるはずだ。
その支援は、この工場で働く賃料と比べるとかなりあるはず。
つまり、支援があるのにこの工場で働くのが不可解だ。
それに、北領に派遣されているのは妖狐の分家の中でも権力が弱い一族と聞いたことがある。
「支援はありません。ですが、生活はなんとか……」
「ふむ……一つ仕事を頼まれてくれないか?」
「え?」
「あと、もしよければ、普段かかっている医者もどこか聞かせてほしい」
「えっと……」
もごもごと言いよどむ妖狐だが、マサの妖力を察してか、素直に医者の名前を言った。
マサはその名前を聞いてにやりと笑う。
「ちょうどいいな」
「何がですか?」
「工場の仕事と掛け持ちできる仕事だ。君は信頼できそうだからお願いしたいなぁ!」




