四十六、マサの突然の訪問
「こちらの小屋でいいですか?」
「構わないよ」
笑顔のままマサは狭く小さいキサラに小屋に入った。
マサの態度は、以前キサラがナツヒの担当していたときと変わらない。
「片付いていないですが……」
「へぇ!中はこうなってたんだ!」
小屋に入ったマサは目をキラキラさせながら、小屋を見渡す。
マサの墨家には行ったことはないが、おそらく紅家と同じく物がない空間が多くあるのだろう。
「いいねぇ!庶民らしい!」
「こんなお茶しか用意できませんが」
何も準備しないよりはいいだろう。
キサラは自分が飲もうとしていたお茶をマサにも差し出す。
あいている椅子に座ったマサは、キラキラした笑顔で、抵抗なくお茶を受け取る。
「いいね。庶民のお茶だ。憧れてたんだ」
「あまりおいしくないと思います。飲みたくなければ……」
キサラが止める頃には、マサは一口お茶を飲んでいた。
「あああ、いい渋みだ。いつもいいお茶ばかり飲んでるとそれはそれで飽きるから。ちょうどいい」
「……そうですか」
ナツヒといい、マサといい。
毒が入っているとか、考えないのだろうか、と逆に不安になる。
「それで」
マサに促されて、キサラがその向かいに座る。
マサは、また一口お茶を飲むと、キサラの瞳をのぞき込んだ。
「そっちの進捗はどう?」
「思い出せる範囲ではまとめました」
キサラはそう言って、壁付けの棚の奥から紙の束を取り出し、マサに見せた。
マサが来た用事は予想がついていた。
キサラが紅家から帰って一週間後。
マサ個人から封書が届いた。
紅ナツヒと同じ状態を示した『ミズタマリ』の追加情報。
そして、マサと墨家の専属医が興味を持っていると。
「うん。ありがとう、助かるよ」
マサはその紙束を持ち上げ、ペラペラと中身をめくる。
「こっちの医者に渡しておこう」
「お願いします」
キサラもまとめた資料をどうしようか考えていたところだった。
それをマサ自身が取りに来るとは思っていなかったが、ちょうどよかったのだろう。
「で?」
「はい、なんでしょう」
用事を済ませただろうマサが、まだあるだろ?とキサラを見る。
他に何もないのだが。
「紅家を離れてどう?」
「どうといわれましても」
元の生活に戻っただけだ。
やってきた妖怪たちの相談にのり、薬を調合し、週に一回は大学校に出る。
それだけの生活。
「少しはさみしい?」
「いえ、むしろ生活が楽になりました」
正直毎日三回ナツヒのところに行くのは負担だった。
ナツヒのせいか、キサラの感情も影響されていたことも自覚した。
そのため、沼地に帰ってきたキサラは、元の自分にもどることに安堵していた。
「はっきり言うなぁ」
マサは苦笑したあと、ため息をはく。
「こっちは大変だよ。ナツヒの力が急に強くなったもんだから、暖冬だし。本当にいい加減にしてほしい」
「やはりこの暖冬はナツヒ様の力なのですか?」
「そうそう。まぁ、ナツヒが元気な証拠だね」
あっけらかんとマサはそう言う。
キサラはその様子を見て、目を細めた。
「……本題は何でしょう」
「お」
マサは面白そうに目尻を下げた。
「二つ用事があるんだぁ」
何の用事だ、とキサラは悪態をつきかけて、やめた。
仮にも墨家の次期当主。
この小屋でキサラの淹れたお茶を飲んでいるのもおかしい話なのだから。
「キサラにとっていいと思う話と、悪いと思う話があるけど、どっちから聞きたい?」
「……悪い話からお願いします」




