四十五、沼地の暖冬
キサラが紅家から沼地に帰ってきて数ヶ月が経った。
季節は移りかわり、随分と寒くなった。
キサラの元には患者も戻り始め、冬の病気もみられるようになった。
「ありがとう、キサラちゃん」
「いえいえ。今年はひどくならないといいですね」
しもやけの薬を取りに来たろくろ首の老婆は、キサラが作った塗り薬の壺を大事そうに抱える。
「でも、今年の冬は暖かいっていうじゃない?」
「そのようですね」
沼地のある北領は、国の中でも北にあり、他の領地に比べると冬は厳しいとされている。
昨年は、沼地の沼も何度か凍った。
しかし、今年は例年よりも暖かい冬だと、もっぱらの噂だ。
「あれかねぇ、キサラちゃんが行った紅家のぼっちゃんが元気になったから、強くなったのかねぇ」
「さぁ、どうでしょう」
紅家の次期当主であるナツヒが病にかかった年は、厳しい冬だったらしい。
護国を担う鬼がそのような形で影響することを、キサラも今回初めて知った。
「これもキサラちゃんのお陰かねぇ」
「さぁ?」
キサラが紅家に行ったことは沼地周辺の妖怪には知られていた。
元々の噂と相まって、キサラが紅ナツヒを完治させた、と言われているらしい。
しかし、キサラは完治したのを見たわけではないし、個人情報でもあるので、詳しくは伝えないようにしていた。
「寒いことには変わりないので、手足と首と、暖めてください」
「そうするよ」
去って行く老婆の背中を見送るキサラ。
その視界の中に、見知った黒髪の姿が入ってくる。
ニコニコと笑顔を浮かべたその人はキサラと目が合うと、片手をあげた。
「やぁ」
「あなたは……」
「覚えていてくれて嬉しいよ。今暇ぁ?」
「マサ様、なぜこんなところに?」
「ここは僕の領地内だからね」
突然現れたのは角ありの鬼、墨家の次期当主 墨マサ。
キサラが会うのは、紅家で働いていたとき以来だ。
「で、暇はできたかなぁ?」
「問題ないです」
先ほどのろくろ首の老婆で今日は最後だろう。
「突然ごめんねぇ」
言葉では謝っているが、楽しんでいる声色だ。




