四十四、ナツヒとマサの昔話(後編)
思ったよりも地下河川の流れは速く、着水後にすぐに流された。
ナツヒの全身に水が纏わり付き、体は思うように動かない。
それでも、何かにぶつかることはなく、流され続ける。
水のどこかでまた何かが着水した音が響いてきた。
わずかにマサの妖気を感じ、マサが後を追ってきたことを知る。
「これ以上強くなってどうするんだよ」
つぶやこうとしても、水が邪魔で音にはならない。
水をいくらか飲んでしまい、むせる。
むせている間に暗い地下を抜け、太陽の光を感じる。
「ゴホゴホッ」
自然と浮上して空気に触れ、慌てて呼吸をする。
纏わり付いていた水はなくなり、なんとか水面から顔を出せるように手足を動かす。
「おい、大丈夫か?!」
「なんっ、おまえっ、いき、すえて……!」
「一応水の力を持ってるからな。泳ぎは昔から得意なんだよ」
すぐにマサがやってきてナツヒの体を支える。
荒い呼吸を繰り返すナツヒとは対照的に、安定した息づかい。
そのまま、マサが近くの岸まで泳いで連れて行ってくれる。
「はい、ゆっくり息を整えてー」
「はぁはぁ」
春でよかった。
風は穏やかで、太陽の暖かさで体が冷えることはない。
「にしても、こんなところに出てくるのかぁ」
ナツヒの背中をさすりながら、マサが周りを見渡す。
出てきた場所は北領を東西に横切る川の支流の一つ。
マサが昔から川遊びをしていた場所でもある。
マサが懐かしさに浸っていると、ナツヒの息が整ってくる。
「火をおこしてもいいか?」
「おぅ。向こうに行こう」
マサの持ってきた二人の甚平も濡れてしまった。
乾かすにはちょうどいい。
二人は枝を集めながら、空間が確保できる場所に移動する。
ナツヒは慣れた手つきで枝を配置し、すぐに火をつける。
妖力に後押しされて作られたたき火は温かい。
マサはそこに枝を利用して甚平を干した。
「あたたかい」
「甚平も乾きそうだねぇ」
「燃やすなよ?」
「お前の妖力調整次第だなぁ」
「任せろ」
ナツヒはにやりと笑い、手を火にかざす。
思えば、火属性の鬼だからか、水遊びはしてこなかった。
ナツヒにとって、冷たい水との感覚は新しい。
「確かに、度胸試しにはちょうどよかった」
「そうかぁ?」
「いつもの水遊びと一緒だろ」とマサは笑う。
ナツヒは火に当たりながら、一緒にくくくと笑った。
しかし、次の年から、ナツヒは北領での訓練を断るようになった。




