四、与えられた部屋
キサラに用意された部屋も豪華な客間の一室。
一室なのに、キサラの自宅である沼の小屋よりも広い。
小屋では隙間なく物を詰めているのに、ここには空間しかない。
そわそわと落ちつかない中、机で記録を書いていた。
ナツヒはキサラが調合した薬を文句一ついわずに飲み込んだ。
苦さに顔をしかめながらも、最後にはキサラに不敵な笑みを見せつけてきた。
多分、強がりだ。
ただ、キサラの予測が正しければ効果があるだろう。
効果がでるのは、早くて明日、遅くても一週間。
その間にできることをしながら、効果を確認する必要がある。
『結婚してくれ』
ナツヒが放った衝撃的な一言に対して、キサラが無表情で対応したのも、強がりだ。
あと少しで、ドスのきいた「はぁ?」が出そうになった。
『コンコン』
「失礼します」
扉が叩かれる音。
キサラは思考を止めて立ち上がる。
「はい」
扉を開けると、黒い髪で赤い瞳を持つ女性がそこに立っていた。
「円弧先生ですね。こちら、坂城先生と執事長からの伝言です」
女性も黒いスーツを着ており、どうやら執事のようだ。
伝言、というには重厚な手紙を差し出してくる。
「あ、はい」
二通の手紙を受けとる。
女性は頭を下げて静かに扉を閉めた。
キサラは机まで戻って、手紙を広げた。
執事長 赤居からは、今日の晩餐が中止で、夕食は部屋に運ばれる、との伝言だった。
今日の晩餐は、紅家当主への挨拶を兼ねていたようだが、おそらく当主が忙しいのだろう。
坂城からは、キサラが頼んだものが明日の昼頃に届く、の報告だった。
手紙ではあったが伝言であり、女性がすぐに部屋を去ったことを考えると、返事は要らないのだろう。
これが客人。
「……家に帰りたい」
キサラは広い天井を見上げて、そう呟いた。
居心地が悪い。
今は狭くて暗い天井が恋しかった。