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三十四、坂城家の食卓

「円弧先生」


キサラがナツヒの部屋からでたところで、坂城に声をかけられた。


「ナツヒ様はお元気ですよ」

「なによりです」


ナツヒについてだと思ったが、どうやらそうではないらしい。


「円弧先生。今夜は何かご予定はありますか?」

「いいえ?」

「ナツヒ様は今夜外食されるとのことです。円弧先生がよければ、我が家で夕食はどうでしょうか?」


坂城の言葉を消化するのに時間がかかる。


「妻の手料理が()(まん)なのですが、よければ、と思いまして」


坂城には妻子がいると言っていた。

人間で、いわゆる普通の家庭。

キサラは、普通の家庭、に少し興味を持った。

それに、紅家の中ではキサラの上司になる。

断る理由はない。


「では、是非……」


ただ、他人の家を訪問するのは、いつぶりだろうか。

キサラは(みょう)な緊張を抱いた。


 * * *


「いらっしゃい!」

「お、お邪魔します……」


坂城家は、紅家のすぐ横にあり、紅家ほどの大きな屋敷ではないものの、二階建ての立派な一軒家だった。

坂城についていくと、玄関が開き、女性が奥からやってきて迎えてくれた。


「妻のユナだ」

「いつも主人がお世話になっております」

「円弧キサラです。突然すいません」


ユナは「いーのいーの」といい、鼻歌を歌いながら家の中に入っていく。

キサラは坂城に居間へと案内される。

居間にはすでにいい匂いが立ちこめていた。


「もう少しお待ちください」


台所の方からユナの声が聞こえる。

手伝おうとしたが、坂城から座るように言われ、おとなしく座った。

思えば、他人の家に(しょう)(たい)されることに慣れていない。

余計なことはしないほうがよいだろう。

カチコチに固まったキサラは、お茶を用意してくれた坂城に頭だけ下げた。


「あなた、ショウを呼んできてちょうだい」

「ああ」


ユナが食事ののった皿を机に置きながら、坂城に言う。

坂城は「息子だよ」と()(そく)して、()()を出て行った。

やがて、とんとんとんと階段を上がる音がする。


「今ちょうど、中央領の大学校に通ってる息子が帰ってきててね」


ユナが笑顔でそう付け加えてくれる。

待っている間にも次々と並べられる料理。

(とり)(にく)()(じょう)()()

()き込みご飯。

(こうじ)()()(しる)

どれも家庭料理として知ってはいる。

だが、家で食べたことはなかった。

目の前に置かれるだけなのに、温かい優しい香りが(はな)(さき)をくすぐる。


『ガチャ』


階段を降りる音のあと、居間の扉が開く。

入ってきたのは、坂城と、坂城とよく似た、めがねをかけた人。


「どうも」

「息子のショウです」


坂城の紹介に合わせて頭を下げたショウは、どこか気まずそうだ。

その四角いめがねに見覚えがある。


「こっちが今一緒に働いている円弧キサラ先生だ」

「こんにちは」


上司の息子。

キサラは立ち上がって笑顔で挨拶をする。


「ショウは今中央の大学校にいててね。医学を学んでいるから、いつか円弧先生にもお世話になるかもしれないね」


坂城が座りながら言った言葉に、キサラははたと気がついた。


「あ。この間の講義で」

「はい、その節はありがとうございました」

「あれ、もう会ってたのか」


思い出した。

先日のキサラの講義の後に質問してきた学生。


「先日、講義の後に質問にきてくれました」

「へぇ」


あの講義を寝ずに()いている人は正直少ないと認識している。

だが、ショウは講義を寝ずに聞き、質問してきた。

もうあのときには父親と一緒に働いていることを知っていたのかもしれない。


「さぁ食べよう」


食事がすべて(そろ)い、全員が席につく。


「いただきます」


四人の声が揃う。

それだけで心のどこかが温かいような、さみしいような気がした。

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