三、ナツヒの求婚
鬼と人間を区別する特徴はいくつかある。
黒い髪と整った容姿。
瞳の色はその身に宿す力を表す。
対して、人間は茶色の瞳に茶色の髪をしており、背も小柄だ。
鬼からすると、人間から妖気が感じられない、というのでわかるらしい。
紅家は火を操る鬼の一族で、赤い瞳を持っていた。
強い力がある鬼ほど、瞳の色は深く濃い。
また、赤い角を持つ鬼は、紅家の家督を継ぐ証だそうだ。
ナツヒは次期当主と言われている鬼。
今は毛布と伸びた黒い髪で赤い角は見えない。
しかし、キサラの茶色い瞳と交わる赤い瞳は、執事の赤居と比べると濃く、底が見えない深みを持っていた。
そして、病に伏せっているにもかかわらず、キサラが見たことがないほど、整った容姿をしていた。
「あ、あなたがナツヒ様ですか……?」
「やっと、会えた……」
「はい?」
ナツヒはキサラを無視するわけでも、拒絶するわけでもなく、ただキサラを見て、そう呟いた。
その赤い瞳に飲み込まれそうになる。
キサラは眉をよせた。
キサラにはナツヒに会った記憶はない。
「円弧先生?」
「あ、すいません。みますね」
坂城に声をかけられてからキサラは慌てて、ナツヒに近付いた。
手早く手足を触る。
手首で脈をとり、赤い瞳に近付いた。
キサラの茶色の瞳が細まる。
「よく見えないでしょう。部屋を明るくします」
「止めろ!」
ナツヒが我に返ったように叫ぶ。
カーテンを開けようとしていた坂城がビクッと動きを止めた。
鬼の叫びは一瞬であるが本能的な恐怖を人間に与える。
キサラは何度か妖怪に叫ばれたことがあるので、慣れているが、それでも一度動きを止めざるをえなかった。
「…坂城先生、カーテンは開けなくても問題ありません。むしろ開けないほうがいいでしょう」
「そ、そうですね…」
慌てて坂城がカーテンを閉める。
再び部屋は暗くなるが、キサラは赤い瞳の視線を感じた。
囚われそうになるのを無視して、立ち上がる。
手足にある僅かなむくみ。
脈の違和感。
部屋の湿度。
そして、日の光を嫌がり、寒がっている様子。
「すぐ薬を調合します」
「え?もうですか?」
「はい。坂城先生は今から言うものを準備してください」
キサラが坂城に必要なものを伝えている間も赤い視線はキサラから離れない。
「…君が俺の次の担当か」
「…はい、そうですが」
ナツヒが突然そう訊ねてくる。
ちらりと見ると、キサラを見て妙な笑みを浮かべていた。
「なるほど。君なら、そりゃぁうちが何度も送った手紙に受取拒否をつけて送り返すはずだー」
ナツヒは、毛布で体を包み直し、くくくと笑った。
その赤い瞳はキサラを捉えたまま。
「君が俺の回復を願うなら、俺も治るように協力しよう」
協力するもなにもお前の体だろ、とキサラは思ったが、まっすぐ見つめてくる瞳の強さに言葉が出なかった。
それを肯定と受け取ったのか、ナツヒの笑みが深まる。
「俺が治ったら、結婚してくれ」