二十四、妖狐のつきまとい
紅家の周辺は、南領の中心部として栄えている。
どの領地も、治める鬼の屋敷の周辺は中心部としての役割をもち、店の数や人通りも多い。
日用品や薬草などを買いに外出したキサラは、普段慣れている北領とは異なる雰囲気を楽しんでいた。
ナツヒに外出することを言うと、日用品は使用人に頼めばいい、と言われたが、医者として必要なものだと伝えると、許可してくれた。
「ついていこうか?」
「はい?」
「ふむ……一緒に出かけるのもいいな」
「体力が元に戻ってから言ってください」
「体力が元に戻ったらいいんだな?」
そんな不毛な、墓穴を掘るやりとりをしてしまった。
思い出しても頭が痛くなる。
封筒、便箋、薬袋、薬草をいくつか調達し、紅家の屋敷へ帰る。
表玄関からではなく、使用人の裏口へと回る。
「おい」
使用人用の裏口が見えてきたところで背後から声をかけられる。
イライラしている声色。
キサラは不審に思いながら振り返る。
妖狐が見下ろしていた。
「キサラ、お前こんなところで何をしてる」
「………ヤスロウ……」
褐色の瞳は声色よりも苛立ちを含み、眉根を寄せた表情はキサラの過去を汚い手で掘り返してくる。
久しぶりに妖狐の妖気に当てられ、めまいがする。
「なんで紅家の周りをうろついてる?」
「…あなたには関係ない」
「関係ないことはないだろ」
黄褐色の毛に覆われた手がキサラの左腕をつかんだ。
それは妖怪の力そのもので、キサラでは振りほどけるものではない。
さっさと紅家の領地に入っておけばよかった、と思ってももう遅い。
出かける前にナツヒが行った「ついていこうか?」が脳裏で再生された。
墓穴を掘ったのは誰に対してか。
「お前からまだ借りは返してもらってないぞ」
「ちゃんと受け取りを確認してもらってから言ってもらっていいですか?」
「確認してから言ってんだよ」
ぐっ、と腕をつかまれる力が強まる。
左手に持っていた薬草や小物が地面に広がるが、二人とも気にしない。
キサラは妖気を含む視線を睨み返す。
すると、にやり、とヤスロウの目尻が下がる。
「何だ、元気そうじゃないか。いつからそんな横暴な態度をとるようになったんだ?」
ははは、とヤスロウが笑うが、つかむ力は弱くはならない。
負け時とキサラも睨む力をゆるめるわけにもいかなかった。
「あんたの祖母にはちゃんと毎週薬を送ってるでしょう」
「ああ。届いてるよ。ただ、最近おかしなことがおきてるなぁ」
ちらり、とヤスロウの視線が紅家の屋敷に向く。
「円弧キサラから届く封筒の消印が変わったと聞いてな。黄色・紺ならまだわかる。だが、赤の消印。これは南領からの手紙。なんで『沼地』から一番遠いところから手紙が送られてくるのか」
「……仕事ですけど」
「お前の仕事はあの沼地で『闇医者』をすることだ。鬼様の屋敷の周りをうろうろするのは仕事じゃないだろ」
「…あなたには関係ない」
しかし、ヤスロウの手はキサラの腕を離さなかった。
「うちから一番遠いからって、鬼に力を借りようなんて、そうはいかないぞ。紅家の鬼にこれ以上迷惑をかけるわけには……」
「迷惑だと?」
低い声が聞こえる。
ヤスロウの動きが止まった。
キサラでさえも、その気迫に息を詰める。
「お、鬼様……」
ヤスロウが振り向く。
彼の背後から現れたのは、赤い瞳を光らせたナツヒの姿。
「つ、角ありの……」
「貴様、俺のキサラに何をしてる」
ヤスロウがひるんだ隙に、ナツヒが入る。
捕まれていたキサラの腕が解放され、キサラの視界からヤスロウが消えた。
「ナ、ナツヒ様……」
「キサラ、大丈夫か」
ヤスロウと向き合うナツヒは、赤い瞳でキサラを確認する。
その瞳は、これまで見た中で一番冷たく、一番強い光を持っていた。
「問題はありません……」
「こ、こいつはうちの知り合いでして……このたびは紅家の皆様に迷惑をおかけしており……」
「迷惑?」
ナツヒの冷たい瞳はヤスロウに移る。
「今はうちの担当医だ。お前は何者だ。名乗れ」
「わ、私は……」
ナツヒからにじみ出る妖気がヤスロウの肌をかすめる。
その迫力に負けたヤスロウは、気がつけばその膝を折り、ナツヒに頭を垂れていた。
「ほ、北西の……妖狐……の……ヤスロウと……」
「キサラに何の用だ」
「う、うちの祖母が……世話になっていて……キサラの様子が最近おかしいので、見にいけと……」
「キサラ、こいつの言ってることは本当か?」
キサラは静かにうなずいた。
妖狐を上回る鬼の気迫。
自分に向けられたものではないとはいえ、本能が言葉を発していけないと言っている。
「キサラは今は俺の担当医だ。話は場所をかえてゆっくり聞こう」




