二十、大学校の刺客
「そういえば、紅家はどうなんだ?」
研究室で資料の整理を手伝っていると、同じ研究員仲間のテツがそう問いかけてくる。
研究室にはキサラとテツ以外にはいない。
会議、委員会、病院業務、外勤、サボり。
いろいろな人がいるが、今は二人だけのようだ。
テツと同様に手は止めずに、キサラは答えた。
「どうもうも。依頼された仕事はこなしてはいるけど」
「確か、紅家の息子の病気を、住み込みでみてほしい、だったか?」
「そう。まぁ長い仕事になりそう」
「ふーん」
キサラが紅家で働くことになったことは、同じ研究室の人間でも一部しか知らない。
テツには、キサラがよく彼の研究を手伝うので、伝えていた。
「けどなーまさか『闇医者』と言われているおまえに泣きつくとはね。で?診断は?」
「個人情報。経過良好」
「さすが『闇医者』」
テツの言う『闇医者』はキサラをからかってのことだ。
キサラを面白くないと思っている大学校の教授達の多くが、裏で悪口を言っているのを知っているが、彼は面白がってキサラをそう呼ぶ。
「僕も面白い情報を手に入れたぞ」
テツが整理を終えた資料を運びながら、にやりと笑った。
キサラはその上に、同じ種類の資料を重ねた。
「僕の同期が、今は大学校病院のヒラとして働いている。嫌いなやつだったけどね。『落ちぶれたヒラ』って呼んでる」
テツもキサラと同様で、研究室に入るときに、いろいろな友人と縁を切ったそうだ。
二人が所属する『古代医学』は人気がない。
それどころか敬遠されている。
しかし、歴史が教科書からなくならないのと同様に、この研究室も細く長く稼働している。
「その『ヒラ』は、元々妖怪医学の花形、鬼科で働いてた」
テツが実名を言わないのも守秘義務かもしれない。
「数ヶ月前、『ヒラ』は南領に外勤を指示されたらしい。たまたま会った売店で僕に自慢しにきたよ。スピード出世だ、これに成功すれば教授街道だってな。けど、一週間後には病院のただの医者になっていた。つまりどういうことかわかるか?」
紅家は国の南領を治めている。
鬼科の医師がその領地に外勤、成功すれば出世。
「……」
「その通り」
キサラの表情が固まったのを見て、テツは笑った。
「ちなみに、そいつは元々鬼科病棟の病棟医長をしていたよ。それが帰ってきたらそれが後輩に奪われていたらしい。売店にも現れなくなったな」
テツでさえその話を知っているということは、病院全体が知っているのだろう。
個人情報とは怖い。
「もう一つ」
「まだあるんですか」
キサラは大学校やそのすぐ横にある病院の中はあまり歩き回らないようにしている。
知り合いに会うのは気持ちのいいものではないし、キサラ自身よりも『闇医者』の名前の方が一人歩きしているのは、自覚していた。
なので、今どんな風に言われているかは、正直知らないようにしていた。
様々な憶測が飛び交う大学校の情報の中から、掻い摘まんで必要なものだけを伝えるテツの能力を、キサラは信頼していた。
「うちの研究所の秘書に問い合わせがあった。『円弧キサラ先生は、どのような方ですか?』ってな」
「……嫌がらせかぁ?」
「いや?そういう雰囲気じゃなかった。まぁ、秘書は僕に『円弧先生、何をやらかしたんですか?』って聞いてきたけど」
「嫌がらせだ」
身を潜めていたつもりだったが、そういうわけにもいかないかもしれない。
キサラの脳裏に、教授に相談すべきか、と研究室の使用許可をもらっている主を思い浮かべる。
「多分違うな」
「その余裕はどこから」
「僕も聞かれたからだ」
「はぁ?」
テツの声色は楽しそうに転がっている。
キサラの眉間のしわが深くなる。
「『円弧キサラ先生が妖怪と仲がいいのは、何か理由があるんでしょうか?』お前、紅家の次期当主と仲がいいのか?全然僕には話してくれないなぁ」
「個人情報」
キサラの脳裏は、ナツヒの楽しそうな笑顔が浸食して、思わずかぶりを振った。
ちゃんと薬を飲んでいるだろうか。




