十四、キサラの帰還
薬草の片付けがシノにとって、医師の弟子らしい最後の仕事になっただろう。
床に落ちた薬草をキサラが拾い、指定の棚にシノが片付ける。
作業後は、シノから河童の爪をもらい、キサラは沼地を発った。
紅家の玄関に到着したのは夕食時。
キサラの姿をみた瞬間、玄関先に立っていた警備の鬼が騒ぎはじめ、キサラが屋敷の中に入る頃には息を切らした坂城に腕を捕まれていた。
「円弧先生。お待ちしていました」
「なにか、あった?」
その様子をみたキサラは、嫌な予感しかない。
ナツヒの病状が悪くなったのか。
もう薬が効かなくなったのか。
キサラの予想が間違っていたのか。
様々な憶測が頭を巡る。
「帰り次第、来るようにと、ナツヒ様が!」
「いきましょう」
キサラは荷物を使用人に預けて、坂城とともにナツヒの部屋へと向かった。
* * *
「……」
「申し訳ありません、円弧先生」
ナツヒの部屋。
坂城とともにやってきたキサラは、ナツヒの嬉しそうな笑顔に動きを止めた。
その様子に、坂城はすぐに謝罪する。
キサラの反応は読んでいたようだ。
「帰りを待ってたぞキサラー!」
「……ナツヒ様。お元気そうで何よりです」
「今元気になった。君の顔を見たからな」
といわれるが、遠目からでもわかる程度には、顔が少しむくんでいる。
薬が効いていないのか。
「円弧先生、申し訳ありません」
「……坂城先生、どういうことですか?」
「ナツヒ様が、円弧先生がいないのなら、薬を飲まない、と」
キサラの視線が部屋の中を走り、寝台横の机の上に残されている一日分の薬を捉える。
「……ナツヒ様?」
キサラは静かにナツヒに訊ねた。
「なんだ?」
「お体をみせてください」
「おお。君なら、なんだって見せよう」
両手を広げたナツヒの手足を手早く見ていく。
どうみたって、キサラが出かける前にはよくなっていたはずのむくみがひどくなっている。
彼の笑顔は無視だ。
確実に薬は効いていた。
しかし、それを飲まないことで悪くなっている。
「なぜ、薬を飲まなかったんですか」
「単純な話だ。君がいなかったから。君が担当じゃないなら、治療しなくていいだろ」
「あなたの体ですよ」
「君がいないなら意味はない。俺は言った。君が担当なら、治療は協力すると」
「……もう一度言いましょう。あなたの体ですよ」
「ああ。加えて、君のものでもある」
「……意味がわかりません」
はぁ、と息をついて、かぶりを振る。
気持ちの余裕はない。
彼の考えを理解することを諦めた。
「ナツヒ様」
「なんだ?」
「まず夕食分を飲んでください」
「ああ。飲もう」
ナツヒはテキパキと机に手を伸ばし、薬を手に取る。
そして、あっという間に薬を飲み込んだ。
「よし、飲んだぞ」
「ナツヒ様。私は週に一回、中央領の大学校の仕事があります。また、私の家には私の患者さんからの問い合わせもあります。一泊二日の暇をいただくことが、今回のナツヒ様の担当を受けたときの条件です」
「俺は聞いてない」
「その条件が受けられない場合は、私は担当を破棄させていただきますが?」
たんたんと話を続ける。
ナツヒはその赤い瞳でこちらを睨んできた。
負けじと、キサラもその瞳を睨み返した。
無言の押し問答のあと、ナツヒがはぁ、と目をそらした。
「その目には弱いんだ、俺は。わかった。じゃぁ俺からも条件を出したい」
「……内容によります」
「君がこの屋敷にいるときは、俺は君がいるときだけ、薬を飲む」
「……?」
その意味を理解するまでに時間がかかった。
「つまり、毎回私があなたが薬をのむのを確認しろということですか」
「その通りだ」
ふふん、とナツヒが得意げに笑う。
「そうすれば、おまえは三回は俺に会いにくるだろ?」
「……私がいないときは、飲んでくれるんですか?」
「もちろん。それまで毎日三回、確認に来てくれればな」
「わかりました」
大きく息を吐き、キサラはうなずく。
許容できる内容だ。
「坂城」
「なんでしょう、ナツヒ様」
「あとで赤居を呼んでこい。もう俺と向き合う覚悟はあるだろ」
「わかりました」
ナツヒはそれで満足したようだ。
キサラはその様子を確認し、「ではまた明日朝」と言い、坂城とともに部屋を後にした。