十一、キサラと学生
鬼と人間が創ったこの国は、五つの属性をもつ鬼が治める、五つの領土がある。
中央にある領土は土属性の鬼である杏家が治め、重要な役割をもつ機関が多い。
特に、人間が多く住んでおり、大学校など高等学問や専門的な学問を学び研究する施設は、中央領に集中していた。
その中央にあるのは杏家の屋敷。
中央領のみならず、国の領土全てに気を配り、国を守っている。
医者であるキサラも、医学を学ぶときには大学校近くに下宿していたものだ。
今は、週に一回、大学校で講義や研究を手伝いながら、最新の情報を仕入れている。
「以上で、今日の講義を終わります」
今日はキサラの担当講義、『妖怪に対する古代医学』の日。
今では狭い分野になり、興味のある学生はほとんどいない。
現代医学が使いやすいため、多くの学生が現代医学に注力していた。
眠気を誘う重い空気が、キサラの一言で軽くなっていく。
ざわざわと学生たちが動き出し、休憩にいくもの、あくびをするもの、教室を移動するもの、再び寝るもの。
その中で、キサラは片付けをして、教室を出ようとした。
「円弧先生」
「はい」
顔を上げたとき、一人の学生が話しかけてくる。
「質問があるのですが」
茶色の髪に茶色の瞳。
人間の彼は、めがねの奥からこちらを伺っていた。
質問、と言われたからには足を止めなければならない。
キサラは学生と向き合った。
「先生は、人間ですよね」
「そうですね」
「人間が……妖怪を相手に仕事をするのはどうですか?」
学生の表情に不安はない。
緊張と疑念。
その奥にあるのは何かわからない。
ただ、「人間が妖怪を相手にする」という問題は、皆が共通して持っているものだ。
「私は、人間も妖怪も変わらないと思っています。私達医者は目の前にある病を治すだけ、それだけです」
「…それが、例えば力の強い鬼でも、同じですか?」
その言葉を発した学生の瞳にちらつく不安。
もしかしたら、大学校卒業後は妖怪専門にいくのかもしれない。
坂城のように妖怪の家の専属医もいる。
力を持つ妖怪だと、人間は本能的な恐怖を抱くことが多い。
それが不安につながっている学生もいるのだろう。
「同じですね」
キサラは、声色を変えずに答えた。
脳裏には、ナツヒがちらつく。
「病に伏せ、苦しむのは人間も妖怪も一緒ですから」
「そう、ですね。ありがとうございます」
学生は納得したのか、表情が和らいだ。
そして、一礼して机に戻っていく。
他の学生は質問がある雰囲気はない。
キサラは講義室を去った。