表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

人工甘味料ヴァージョン


厳選したスクリーンショット(と言っても、混雑状況をまとめたチェーン店一覧表)を二人して吟味(ぎんみ)し、バーガーショップに決定した。


*


「一番好きなさかなは?」


バーガー来ないねぇ、と呟いていた水瀬さんが脈絡(みゃくらく)もなくそう言ったから、私は窓の外から目を移した。

彼の影は、ブラインドを抜けた太陽光に縁取られている。まぶしい、と目を細めながら、考える。


「⋯⋯ツマグロ? かな」

「マグロ?じゃないな。サメか」

「あ、わかるんですね。よかった。もうちょっとわかりやすく言おうか迷ったんですよ」


私は説明するのが不得意だから、と心のなかで言い訳をする。そして、鞄の内ポケットから棒付きキャンディを取り出した。


「あげます」


ブラインドを完全に閉じる作業をしていた彼の手前に、キャンディを置く。


「え? え、いいよいいよ」

「キャンディ嫌いですか」

「いや?」

「なら、はい。コーラ味です。期間限定、人工甘味料ヴァージョン」

「人工甘味料ヴァージョンってなんだよ」

「さあ。逆にいつものコーラって人工甘味料じゃないんですか?」

「僕が訊きたいね、それは」


彼は不思議そうにキャンディを眺め、じゃあもらうよ、と早速開封した。


「ちょっと思うんですけど、そういうのって貰ってくれたほうが嬉しんですよ。たぶん。私は」


私は、を強調する。これはとても大事だ。

水瀬さんは棒を口の端に押しやって指で支えながら、うん、と有耶無耶(うやむや)に答えた。不安な相槌だが、目線は合っているから訊いてくれてはいる。

彼の歯がキャンディを削り取った音がして、


「あげるときはそう思うけど、貰うときって謙遜しちゃうんだよね〜⋯⋯」


頬杖をついて私の後ろの方を見ながら、水瀬さんはぼんやりと言った。独り言かもしれなかった。

わかります、と言おうとしたけれど、


「こちら、チリバーガーとチーズバーガーです」


目の前にチーズバーガーが置かれ、口を閉じた。

店員さんはサイドメニューを置いて確認作業をし、薄い笑みのままカウンターへ戻っていった。

私たちはそっと目配せをし、目の前のバーガーを取り換えた。


「私、チーズを食べそうな顔してたんですかね」

「僕もチリバーガーの顔してたのかな」


言いながらバーガーの包み紙を開けてトレイに置き、サイドメニューのポテトを口に放り込む。


「結局ポテトなんだよな〜⋯⋯」

「ね。ポテト揚げたては強すぎる。裏ボス」


彼はスプライトを喉に流し込んだ。


「やばいな〜」

「なにが? ですか?」

「いい感じに空調きいてて(ねみ)い⋯⋯」

「あー⋯⋯寝ても怒られないとこって家くらいですもんね」


言外に、寝たらまずいよ、という言葉を含ませる。


「ねー」


しばらくそれぞれウトウトしながら、食事をし、私は首の傾きが最大角度に達したところで頭を振った。


「やっっっば⋯⋯ねむ⋯⋯って、いや、え? 水瀬――水瀬さん? 寝てない?」


彼の髪は重力に従って、顔を覆っている。

私は机ぎりぎりまで頭を寄せ、顔をのぞいてみた。と、突然(とつぜん)首がすわって、


「うぉぇ? 起きてる⋯⋯起きてる⋯⋯」

「⋯⋯び、びびびった⋯⋯」

「びがふたつくらい多いねぇ」

「そのレスポンスできるなら起きてたか」

「寝てたかも」

「どっちですか」


スマホを開いて、私は瞬きをした。

やばい、と。


「⋯⋯私たちがここ着いたのって一時半くらいでしたよね?」

「え? うん」

「やば⋯⋯やば! い!」

「どしたよ」


鞄にありったけを詰めて、私は立ち上がった。


「母が帰ってくるんです。家の事全然やってなくて、やばい!」


交通系ICカードが鞄に入ってることを確認して、私はトレーを持ち上げた。


「うぉわ!」


トレーが傾く。水瀬さんがソファを蹴飛ばす勢いで立ち上がった。


「あぶね! ちょ、置いといていいよ。片付けとくし」


私は迷った。たぶん、これまでで一番。

人間性をとるか、時間をとるか。

その逡巡を知ってか知らずか水瀬さんはトレーを持ち上げ、


「バスって最近、一時間に三本あるかないかくらいでしょ。急いだほうがいいじゃん」


行った行った、とドアを指され、私は頭を下げた。それがすべてである。本当に申し訳ない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ