人工甘味料ヴァージョン
厳選したスクリーンショット(と言っても、混雑状況をまとめたチェーン店一覧表)を二人して吟味し、バーガーショップに決定した。
*
「一番好きなさかなは?」
バーガー来ないねぇ、と呟いていた水瀬さんが脈絡もなくそう言ったから、私は窓の外から目を移した。
彼の影は、ブラインドを抜けた太陽光に縁取られている。まぶしい、と目を細めながら、考える。
「⋯⋯ツマグロ? かな」
「マグロ?じゃないな。サメか」
「あ、わかるんですね。よかった。もうちょっとわかりやすく言おうか迷ったんですよ」
私は説明するのが不得意だから、と心のなかで言い訳をする。そして、鞄の内ポケットから棒付きキャンディを取り出した。
「あげます」
ブラインドを完全に閉じる作業をしていた彼の手前に、キャンディを置く。
「え? え、いいよいいよ」
「キャンディ嫌いですか」
「いや?」
「なら、はい。コーラ味です。期間限定、人工甘味料ヴァージョン」
「人工甘味料ヴァージョンってなんだよ」
「さあ。逆にいつものコーラって人工甘味料じゃないんですか?」
「僕が訊きたいね、それは」
彼は不思議そうにキャンディを眺め、じゃあもらうよ、と早速開封した。
「ちょっと思うんですけど、そういうのって貰ってくれたほうが嬉しんですよ。たぶん。私は」
私は、を強調する。これはとても大事だ。
水瀬さんは棒を口の端に押しやって指で支えながら、うん、と有耶無耶に答えた。不安な相槌だが、目線は合っているから訊いてくれてはいる。
彼の歯がキャンディを削り取った音がして、
「あげるときはそう思うけど、貰うときって謙遜しちゃうんだよね〜⋯⋯」
頬杖をついて私の後ろの方を見ながら、水瀬さんはぼんやりと言った。独り言かもしれなかった。
わかります、と言おうとしたけれど、
「こちら、チリバーガーとチーズバーガーです」
目の前にチーズバーガーが置かれ、口を閉じた。
店員さんはサイドメニューを置いて確認作業をし、薄い笑みのままカウンターへ戻っていった。
私たちはそっと目配せをし、目の前のバーガーを取り換えた。
「私、チーズを食べそうな顔してたんですかね」
「僕もチリバーガーの顔してたのかな」
言いながらバーガーの包み紙を開けてトレイに置き、サイドメニューのポテトを口に放り込む。
「結局ポテトなんだよな〜⋯⋯」
「ね。ポテト揚げたては強すぎる。裏ボス」
彼はスプライトを喉に流し込んだ。
「やばいな〜」
「なにが? ですか?」
「いい感じに空調きいてて眠い⋯⋯」
「あー⋯⋯寝ても怒られないとこって家くらいですもんね」
言外に、寝たらまずいよ、という言葉を含ませる。
「ねー」
しばらくそれぞれウトウトしながら、食事をし、私は首の傾きが最大角度に達したところで頭を振った。
「やっっっば⋯⋯ねむ⋯⋯って、いや、え? 水瀬――水瀬さん? 寝てない?」
彼の髪は重力に従って、顔を覆っている。
私は机ぎりぎりまで頭を寄せ、顔をのぞいてみた。と、突然首がすわって、
「うぉぇ? 起きてる⋯⋯起きてる⋯⋯」
「⋯⋯び、びびびった⋯⋯」
「びがふたつくらい多いねぇ」
「そのレスポンスできるなら起きてたか」
「寝てたかも」
「どっちですか」
スマホを開いて、私は瞬きをした。
やばい、と。
「⋯⋯私たちがここ着いたのって一時半くらいでしたよね?」
「え? うん」
「やば⋯⋯やば! い!」
「どしたよ」
鞄にありったけを詰めて、私は立ち上がった。
「母が帰ってくるんです。家の事全然やってなくて、やばい!」
交通系ICカードが鞄に入ってることを確認して、私はトレーを持ち上げた。
「うぉわ!」
トレーが傾く。水瀬さんがソファを蹴飛ばす勢いで立ち上がった。
「あぶね! ちょ、置いといていいよ。片付けとくし」
私は迷った。たぶん、これまでで一番。
人間性をとるか、時間をとるか。
その逡巡を知ってか知らずか水瀬さんはトレーを持ち上げ、
「バスって最近、一時間に三本あるかないかくらいでしょ。急いだほうがいいじゃん」
行った行った、とドアを指され、私は頭を下げた。それがすべてである。本当に申し訳ない。