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99+α ep3.謀略の渦篇

◆まだ見ぬ明日

 ぼくたちがカステラの国の国境を越える前の夜のことだ。

 首都トリオは紅い光で染められていた。

 唐突に大地から紅い稲妻が立ち昇り、天を目指してかけ登っていく。

 一瞬の軌跡。

 それは周囲の魔力を大量に消費して行なう、転移魔術に伴う現象だ。

 相当の遠方から多数の人員を送りこんだのか、魔力が本復するのにひと月は要するだろう。

 送り込まれたのは帝室近衛兵五百。

 この夜の事をぼくたち「アルファ嬢と三人の従者たち」が知るのはもう少し後のことになる。

 

◆関所にて

「意外とアッサリだったね」

 ぼく、橘九十九が関所に抱いていたイメージは箱根の関所じゃないけど、お役人が荷物を槍で突いたりするようなものだった。

「まあね、公式冒険者と公式ダンジョン様様だよ」

 とベリーナイスが、珍しくホクホク顔でいた。「この帝国は貴金属と宝石イコール高度な魔法の品の原材料だけど、そういった原材料や加工物は魔法の感知にかかりやすい」

 そこでひと呼吸ベリーナイスは置いた。

「うちでそれにかかるのは、九十九の金の腕輪と、ブルーベリーの星桜くらいだ。姫の装飾品もそうだが魔法を付与されてい、るわけではないしね」

 ほうほう。

「腕輪は非公式の冒険中に手に入れた扱いで、比較的軽微な取得手数料を街で払っている」

 そんな事があったのか。

「星桜は公式冒険者が公式のダンジョンで手数料を払って入って手に入れたわけなので、違法性はない」

 いいのか?

「残りの魔法の品は、アルファ嬢の装飾品ともどもカステラの国に関税を払えば大丈夫だよ」

 ざっくりしてるなあ。


◆コドモになる方法 

「ところでツクモくん?」

「なんです、オージェさん」

「トラベリングにならないかい?」

「イヤです」

 即答した。楽しそうだけど、ぼくはオトナになりたい。 

「まあそうか。だが、節税対策のため、書類の上ではトラベリングになってほしい。君まだ十歳で通るし」

 そういえばトラベリングは十歳の時に神請いの儀で、守護神に失礼な要求をしたものがなるのだったな。

 ぼくは十一歳だから、すこし肉体の成長が早かったといえば、セーフか。

「もし、偽トラベリングってバレたらどうなるかな?」

「大丈夫だって」

「前例……ないんだね」

「はっはっはっ」

 虚ろな笑みだ。

 絶対に、かんがえてないな。

 

◆首都トリオ

 こうして、トリオへの街道による道中はトラブリングがいるにも関わらず無事に済んだ。

 敵兵の血で染め上げり、と謳われた赤岩の城壁、そして城門は滔々たる川の流れのように旅人を飲み込んでいく。

「人が多いだけの田舎かしら」

 アルファ嬢はそういう。

 しかし、横須賀育ちのぼくから見ても、港湾都市トリオは立派な地方都市だ。

「トリオってなんで辺境だろう? 充分立派な都市じゃないかな」 

 ぼくはブルーベリーに耳打ちする。

「魔力が低いからじゃないかな? こういうのは叔父さんの方が詳しいけど」

 魔力があれば、一般人の思いもよらないことができるそうだ。

 例えば、街を一晩中明かりに包む。

(電灯だ) 

 火を使わずにものを熱する。

(電子レンジだ) 

 夏でも冷風を得る。

(クーラーだ)

 遠方の人と言葉を交わす。 

(電話機だ)

 地の果て、海の向こうまで瞬時に赴く。

(飛行機かもしれない。が、さすがにこれはない。

「ぼくのいた世界、いや国では子供でもできる事が多いね。魔力とは無関係に」

「ひゃーすごいね!」

 ブルーベリーは目を輝かせる。

 一方、ぼくは目が熱くなる。

 帰りたい。

 日本に帰りたいのだ。 それとは無関係に入市の人並みは進み、ぼくも城門に入る。

 その時だった。

 ぼくの足元に幾何学的紋様とルーン文字で描かれた魔法円が浮かんだのは、周囲はざわめいているらしいが、反してぼくの耳に入る音はどんどんちいさくなった。

 ぼくの意識は暗転する。


◆その時の__

「ツクモ⁉︎」

「__!」

 アルファ嬢が九十九少年の方に目をやると。

 彼は光の鎖に戒められ、意識を失っている。

 その袖をベリーナイスが引き大きく首を横に振る。

『知り合いと思われるな』と言うサインだ。

 ブルーベリーは既に市内に抜けている。

 街の衛兵らしい制服姿が数名、九十九少年を抱えて、市内に進み出ている。

 残った制服姿がひとり、羊皮紙を広げた。そこには__。

 『国家転覆罪の関係者として、異世界人を連行する』

 という書状が記されていた。

 その下に描かれたのは、カステラの国の紋章、塔の両脇に車輪と、太陽が記されている__ではなかった。

 交差する二本の鍵、その両脇で向かい合う二頭の山羊。

 ダンジョニア帝国の最高権力者の個人的な紋章『皇帝紋』であった。

 だが、その紋章の意味を知る事情通や、しゃべり散らすお喋りは、幸か不幸か、この場には存在していないようであった。

 ただひとり、オージェ・ベリーナイスをのぞいては。

「…ツクモ、お前はどういう事件に関わったんだ?」


◆凍った星座

 九十九少年はプラネタリウムが嫌いだった。

 どこまで行っても、カラクリじかけの範疇を超えない星々。

 それはどこまで行っても変えられない星々は、機械じみた自分の運命そのものに思えたのだ。

『思えた…過去形か』

 呟きが漏れる。

 少年のまぶたが差し込んでくる明かりに反射的に閉ざそうとする。

 が、光に向かって翳した自分の手が思い通りに動く事に少なからぬ、驚きを感じていた。

 周囲に甘い香りが漂う。

「お目覚めかしら?」

 その言葉は九十九少年には通じない。

 九十九少年は七つ道具の銅の本屋の指輪が外されていることに、ようやく気づいた。

 そして、暖かいベッドで横になっていることを。

「えーと、ダレ?」

 視線をやると、絹のドレスに身を包んだ老婦人がいた。

 年齢はよくわからないが五十の坂を超えた程度だろう。

 白髪を高々と結いあげている。

 品も育ちが良さそうだ。

 彼女は自分の胸を親指で刺し「ブランカ」と告げた。

 ベッドから身をお起こしながら九十九少年は自分で胸を指差し「ツクモ」と教える。

 多分、女性がブランカだろうし、こちらの名前が九十九というのは伝わった…と思いたい九十九少年であった。


◆ディスコミュニケーション

 よく見ると、部屋は大きな板ガラスで囲まれたサンルームというのが分かる。

 南国のものらしい蘭だろうか? と、思われる紫の花が花瓶にいけられていた。甘い匂いの源はその花である。

 自分が絹のパジャマに身を包んでいることに気がついた九十九少年は、気恥ずかしさを覚えるのだった。

 なにはともあれ九十九少年はブランカ夫人に指輪を持ってきてもらおうとする。

 しかし、その願望を伝えるには、どうすればいいのか、その一事に頭をひねるのだった。

 頭をひねっていると、九十九少年の食べ盛りの腹の虫が自己主張を始める。

 端的に言えば腹が鳴ったのだ。

 ブランカ夫人は腹が減ったのだと察して、パンがいいか、少し重いものがいいか一生懸命水を向けるが、お互いの意図は空を切るばかりであった ブランカ夫人は掌を拳で打つと、自分の指輪を捻り始めた。

「すんまへんな、帝国語がわからへん方がおるなんておもいもよらへんさかいに」

 さらに畳み掛けるように。

「腹減ってるんやろう、パンで軽く腹を膨らませるか、それとも肉でもずんと食うのはどうや?」 か、関西弁なんで?

 とまどう九十九少年。

「ええで、食べ盛りやろう、遠慮したらあかんで、それとも__アメちゃんいるかい?」

 …ああ、やっぱり、関西の人なんだな、九十九少年は妙に納得するのだった。

「とりあえず、小腹が空いたので、薄切りにしたハムを、辛子を混ぜたバターを塗った、白いパンで挟んだもの、ありますか」

「けったいやな。

 じゃあ、ウチもそれを貰うわ」

 どうやら、このカステラの国ではサンドイッチは普及していないようだった。

 本当はハンバーガーを食べたくなった、九十九少年であった。


◆三人の弾劾

「………」

 アルファ姫はカステラの国が本場のスイーツ、テーブル上に盛られたカステラを前に気もそぞろであった。

 狐色の焼き面をフォークの先端でなぞっては、持ち替え、持ち替えてはなぞりを繰り返すのみ。「お嬢食べないの? なら食べようか」

 ブルーベリーはカステラを一ダース食べたが食欲は衰えない。

 すでにベリーナイスがオーダーして、手をつけない薬草茶を一杯飲み干している。

「やっぱりツッキーのこと、だよね……」

 空気を読むことをようやく思いついたブルーベリーであった。

「一体なぜ、ツクモを見捨てるようなコトをしたのです、オージェ・ベリーナイス」

 ベリーナイスのフルネームをはっきりと呼ぶアルファ嬢。

__対して。

「あなたを救うため、の筈でした。アルファ・メイナード・ダンジョニア嬢」

 ベリーナイスもアルファ姫のフルネームを殊更に呼ぶ。

 ダンジョニア帝国の中枢を担う呪われた一族の名を。

「ツクモは、大事な友達じゃないか、オージェ叔父さん」

 子供のように訴えるブルーベリー。

 まるで駄々をこねればどんな願いでも叶うのだと言わんばかりに。

「あなたは本当にお父上…兄君そっくりだ。

 あなたの神請いの儀に何を望んだか___もちろん私は覚えていますよ、前の晩に相談されてお諌めしたのですから」

「それは、今は関係ない」

 言い切るブルーベリー。

 しかし、ベリーナイスは首を横に振るのだった。

 

◆勝負の終わり? 

「アルファ嬢、ここでアルファ嬢との旅は終わりを迎える筈だと思っておりました。

 帝都ダンジョニアにトリオから転移魔法で強制送還すれば終わりだと。

 ですが、何があったか判りませんが異常事態です。

 この首都トリオの魔力が弱っています。

 大規模な魔法的な変事があったのかもしれません」

 そこでベリーナイスは視線をアルファ嬢に擬する。

「カステラの国でどんな変事があったか判りません。

しかし、非力なトラベリングふたりで知恵と勇気を以って、お嬢さまを守り続けるのは難しそうです。

 このふたりに拘泥するより、装身具を売った資金で剣客などを揃えた方がいいでしょう

 出来るアドバイスはこの程度です。

 ゲームはここまでにしましょう」

 ベリーナイスはアルファ嬢に、神妙な口調で告げるのだった

 アルファ嬢は目を伏せる。

 一見すると、それは降参の意思表示に思えた

___しかし。

 それでも、私の従者はツクモを含めたこの三人しかおりません。

 彼女の口調はしっかりしており、芯が一本、通っていた。

 その時、手と手を打ち合わせる音がする。

 三人を揶揄するかの如きリズムであった。 

◆新しい夜明け

「全くもって麗しい主従愛ですな」

 拍手の主、アレン・ハイランドは身長一九〇センチだが、長身ではなく、大きい男という印象を与える。引き締められた筋肉の上に大量の脂が乗っている___恰幅がいいのだ。

 動くたびに頬の贅肉が揺れ動く。

 だが、ユーモラスさではなく、獰猛さを感じさせる。三十代でミフネの称号を持つ、有数の剣客であった。腰にはく大脇差は駆竜の大業物である。

 近衛騎士団“新しい夜明け”の副団長である三十九歳。

 二十代は数々の冒険談の主役であった

 特に二十七歳の時の『恋姫オフェイリア』事件の悲恋は十年以上経った今も、吟遊詩人が語り継ぐべき題材として知られる。

「さて、アルファ嬢___貴方の安全を保証します。龍の精霊が回復次第、ふたりで帰りましょうぞ」

 龍の精霊は地の精霊の上の存在であり、この精霊のネットワークである、大地をおおう龍脈を通じて転移を行なうのだ。

 そして、皮袋をベリーナイスの足元に放る。

 重い音がした。

「警護大義であった、少ないが心尽しだ、受け取り給え」

 そしてアルファ嬢に近寄る。

「さあ、参りましょうぞ」


◆九十九少年の近況

 作ってもらったサンドイッチはくつろぎモードに入った九十九少年にとって、予想を出るものではなかった。

「砂と魔女以外は、なんでも挟める料理ときいたねん」

 ブランカ夫人は少し意味不明げな表情を浮かべながら、そう九十九少年に告げる。

「結局、ぼくは仲間のところに戻りたいのだけど、いいかな? なんでここにいるのか、さっぱり分からないし」

「それはダメや。あんたが死ぬと、世界が滅ぶねん」

 意外とキツい口調のブランカ夫人である。

「精霊教徒が動き出して__あ、わからへんか、あんさんの命を狙っとる連中がおるんや、異世界人やろ九十九はん」

 ブランカ夫人は、九十九少年がリアクションするより早く畳みかけていく。

「その服装や、カガクセンイとかいうのが、探知魔法に引っかかっとるし、あんたが異世界の出ちゅうんは、まるっとお見通しやで」

「知り合いにそういうお嬢さんがいて、風の精霊とかと戦ったりしたけどぼくもそういうコトなの?」

 ブルーベリーとかの話からアルファ嬢に関する、断片的な情報を九十九少年はつかんでいた。

「またまた冗談はよし子さん」

 九十九少年は前から思っていた。

 こういう冗談混じりの翻訳は、原文では何と言っているのだろうか、と。

「九十九くんがそんなタチの悪い冗談を言うとはうちは思えんから、お嬢さんの話は本当やろうけど、もしホンマなら、この国としては、近くにそろえて監視したいわ。

 世界を滅ぼす鍵と、滅びを止める錠前やねん、どちらか一方だけなら、帝国への反乱扱いやけど、両方なら危機管理やで、多分」

 多分…反乱の難癖はどうにでもつけられるのだ。ダンジョニア帝国が言えば、白いものも黒となるまではいかないまでも、灰色のものを黒と強弁できるのだ。そして世界終末の力はかなり濃いグレーラインに属する力なのだろう。

 

◆…欲望の翼

「結局ぼくにどうして欲しいの?」

 九十九少年は最初の話題にもどってしまう。

「いても困る、いなくても困るって、自由を奪われたぼくとしては、すごい困るけど……自由に__なりたい」

“自由になりたい”九十九少年としては自らの口から出たとは思えない言葉であった。

 多分、地球にいたままの自分なら籠の中で飼い殺しされるも悪くない、そう思っただろう。だが、この世界で生死の境に置かれたり、自らの機転で危機をかい潜った体験が、少年の良き生への欲望を加速したのだ。

「少し前なら、それもまたよしと、見なかったことにできたかもしれへんな。残念ながら現在この首都は帝国近衛兵団五百に制圧されとるんや。心技体を公式ダンジョンで鍛え上げた一騎当千の魔法戦士の集団やで。ひとりだけでも首都の騎士団を殲滅しかねない相手やねん。

 さすがに根性だけでは、近衛には敵わへん。中途半端な策でも敵わんわ」

「じゃあ、異世界人が半ダースいたらどうなるかな?」

 九十九少年が不敵につぶやいた。


◆希望は横にひび割れて

 九十九少年の案はシンプル。

 同年代を集めて、自分の服飾品を渡し、自由にしてもらうう。(近衛にとって)運が悪ければ、化繊が探知魔法に引っかかって、すわ異世界人かと騒ぎになるだろう。

 繰り返されれば警戒の緊張感も削がれるはずだ。

 これにより九十九少年が外に出たのちに、ブランカ夫人たちがアルファ嬢たちに連絡をとって、城外で合流し、旅を続ける。

「そうできたらいいですね」

「パーペキやねん」

「いやいや、無理がありますな」

 割り込む、落ち着き払った第三の声。

 九十九少年は知らないが、アレン・“ミフネ”・ハイランドの声であった。

「異世界人の身柄を預かりたいというから、委ねてみれば、このような謀議をするとは、いやはや異世界人は何をするかわからない」

 アレンが拍手する手を止め、ふたりに無造作に歩み寄る。

「ちなみに先程の案ですが、実行されれば、たしかに面倒くさい事になった」

 いつから聞いていたのか、アレンは面倒げに言葉を漏らす。

 そのまま、九十九少年の両肩に手を置く。

「ですが…混乱は一日が精々でしょう__なのでやらないでください」

 そのまま九十九少年と目線を合わせる、強い眼光であった。

 九十九少年は自分の体が緊張して強張るのを感じる。

「よろしい、ならばおあいしますか? 旅の仲間と。おっと自己紹介がまだでしたな」

 アレンは過不足のない自己紹介をするのであった。

 

◆ベージュ色の監獄の中で

「ねえ、叔父さん、思いついたことがあるんだ、聞いてよ」

 首都の中枢近くの帝国グランドホテルのスイートルームにブルーベリーとベリーナイスは宿泊していた。

 柔らかいベージュで統一された調度品は目に優しく。

 いずれも、辺境の国家としては一流のものばかりであった。

 なにより、ベッドには南京虫がいない。

 そして、部屋にはアルファ嬢もいない。

「思いついたんだ、アルファ嬢って、実は異世界人なんじゃないかって」 ブルーベリーがベリーナイスに思いついたことを並べる。

「ほう、面白い仮説だ」 ベリーナイスが目を細める。

「その仮説が我らの行動にどのような方針の変化をもたらす?」

「え、えーと」

「だが、わが甥よおもしろい着想だ」

 ベリーナイスは甥の額をつつく。

「お嬢が皇族で世界破滅の力を持ち、ツクモが異世界人で世界破滅の力を持つと考えるより、ふたりとも異世界人で世界破滅の力を持つと考えた方が“仮定が少い”」

「世界破滅? ツッキーが?」

 自分の唇が紡いだ言葉が恰も蛇か何かのように感じるブルーベリー。

「アレンさんそんなこと言ってたっけ?」

「甥よ、おまえが剣の業に励んだように、杖の業をわたしは励んだ。知っていることが違っていて当然だよ。道が違うもの同士が知見を出し合う。だから冒険は面白い」

「そうなんだ」

「ましてや、私はダンジョン魔法__帝王の業__を求めた身、皇室の闇をもつい探ってしまうのだよ」

「トラベリングになっても、変わらなかったんだ。でも、それでアルファ嬢がぼくたちの手の届かない場所で運命を決されるのは納得がいかないよ」

「ああ我が甥よ、お前は根っからのトラブリングだな」

「叔父さんもね」


◆風速四〇メートル/秒の呼び声

「エーテルの波に乗って来たれ風の精霊よ、嵐を起こし、万物を破却せよ__」

 カステラの国の沖、とある孤島の山中に於いて、陰々滅々な雰囲気の小男がかがり火を焚き、精霊界に届かんと主張するかのように、風の精霊が好む香木をかがり火に焚べていた。

(魔力が首都では低下している、ここは風の精霊の大軍をぶつけてやる。 世界再創造のための贄となれ)

 世界を再創造するために、自らをも燃やし尽くす。その狂信者の覚悟は本物であった。

 かがり火は大きく燃え上がり…やがて弾けて消えたた。

 

 香木の香りは世界の狭間さえ突き破る。

 虚空に浮かぶ精霊すら招き寄せ、香りに引き寄せられた大精霊は香りの源に幾度となく体当たりする。

 世界の狭間に罅を入れて、最終的には砕きちらす。 

 やがて山の地形を変えんばかりの猛風が吹き荒れる。

  か風の精霊でも個人が儀式で召喚し得る最大規模の半径数キロクラスのものが召喚されたのだ。

 通常は魔法的な守りにより、大精霊は人里には近寄れない。だが近衛の転移により魔法的な守りは衰えているのだ。

 知ってか知らずか、一路首都へと大精霊は向かう。

 大気を動かし、雲を巻き込んでいく。

 雨と雷をも招く大嵐であった。

 

 精霊崇拝の人望のない男はこうして人生の幕をおろす。

 多分最期の瞬間だけは恍惚に包まれながら__。


◆風雲

「嵐が来そうやな」

 ブランカ夫人は、夕食の席で、九十九少年に告げた。

「文字通り、天気の話ですか」

 言って首を傾げる九十九少年。

「いや、無茶苦茶な天気の事やねん。知り合いの使い魔が、見たいうねんが、水平線を右から左まで埋め尽くさんばかりの嵐雲やそうや、百年に一度の大嵐やと」

 九十九少年は地球で水地平線を見た記憶はなかった。

 視界いっぱいの雲は想像しようとしても、うまくいかなかった。

 帆船のマストによじのぼるような怖いもの知らずなら、命と引き換えに見る事ができたかもしれない。 

 だが、九十九少年はそこまでのスリルシーカーではないのだ。夜の暗さの中、大嵐に翻弄される趣味はない。

 ブランカ夫人もそういう性癖は持ち合わせておらず、嵐の逃避行とはいかなかった。

 

しかし、“新しい夜明け”、近衛兵団の面々は情報を掴み適切に分析していた。

 稀に見る規模の大嵐がおとずれ、それが風の精霊の大規模な召喚であるところまでを把握する。 しかし、意図までは掌握できない。

 ただのテロリズムから、アルファ嬢と九十九少年の身柄を奪取する陽動まで、可能性は多岐に渡り、予断を許さない。

 誰にとっても長い夜になりそうであった。

 アレンは翌朝の復興に伴う混乱を狙ってのアルファ嬢と九十九少年、ふたりの身柄の確保を目論んでの陽動と読んだ。

 平常通りの警備をアルファ嬢につける。

 そして、トラブリングたちは_


◆熱い闇

『闇』は確実にあった。アレン・“ミフネ”ハイランドの背後にいる直衛、ゼーゼマンの心の内にもだ。戦力というより格式としての護衛、それがゼーゼマンには我慢ならない。ミフネと彼我の戦力に大きく差がある、その事実が彼を余計に鬱屈させていった。

 その事実が精霊教徒につけ込まれ、闇は台の夜に大きく弾けた。

 __アレンは自身の背中を抉る短刀の感触を全て把握していた。

「ゼーゼマン…なぜ」

 体を捻って、ゼーゼマンに向き合おうとするアレンだが、絹の夜着は血で既に重みを増していた。体に張り付く、その感触と温度が嫌悪感を喚起させる。

 

◆空へ__

 アレン副団長倒れる! の報は近衛を駆け巡った、続いて、重症なれど治癒魔法により、一命は取り留める、といった続報は前の報ほどには衆目を集めていないようであった。

 しかし、若干の混乱でもブルーベリーとベリーナイスがアルファ嬢と接触すには充分だった機を見るに敏とはまさに今の彼らの為し様だ。

「遅かったですねベリーナイス」

「下準備に走っていましたので」

 夜会服姿のアルファ嬢とベリーナイスがまるでちょっと離れていただけの様に言葉を交わす。

 精霊による魔法災害が来ているというのに、まるで変わらない。

「今日はマントやローブは着けられませんので__風に巻かれて吹き飛ばされかねません」

「それは察していましたわ。…腹は括りまして?」

「やけくそになったという方が近そうですが」

「これから下水道を潜って、ツクモと接触します。どうやら政争に巻き込まれて、向こうもトラブってる様です」


◆逆襲のとき

 アルファ嬢と合流したブルーベリーとベリーナイスはホテル直下の下水道をひた走る。

 通常時ならば常時起動するはずの魔法による侵入者感知も、転移による魔力の低下と、台空による混乱で十全に機能しない。

 山の手にある、とある邸宅の下で、久方ぶりにトラベリングと、アルファ嬢九十九少年は顔を合わせる。

 九十九少年は七つ道具をブランカ夫人から返却されていた。

「やあ、またあったね」 と、九十九少年。

「会えて嬉しいって素直に言いなよ」

 ブルーベリーの減らず口。

「詳しいことは嵐が止んでからにしよう。今は…この都市からの脱出を最優先で。都市からの避難用の地下道があります」

 実際的なベリーナイスの提案。

「皆さん変わっていませんね、ではベリーの案に従いましょう」

 と、アルファ嬢がしめる。

 首都上空に台空が達したのか、吹き下ろす様な風がいくつかの塔をなぎ倒し、大地を揺らす。

 下水道にいて尚、その振動が四人の腹に響くのだった。

「何かさあ、ずーっと、地面の揺れが同じペースで追ってきてる気がするよ」

 ブルーベリーが不吉な言葉を漏らす。

 言霊というわけではないが、ベリーナイスにしてみれば、凶兆そのものの言葉だった。

 「ブランカ夫人って人が言ってたけど、あの嵐__台空っていうの? は風の精霊の塊だって」 九十九少年はブランカ夫人からの言葉をそのまま伝えるが、ベリーナイスは顔を赤くしたり青くしたりする。

「防御魔法が機能しなくなった時に、どこのテロリストだ!」

 風の精霊が、異世界の物品を頼りにどこまでも追いかけてくるまさに不可視の猟犬であった。

 ベリーナイスのは思いつく範疇では、精霊を散らすにはこの一行の取れる手段はふたつ。

 ベリーナイスの魔法で、精霊を制御している魔法を消滅させる、あるいはブルーベリーが『星桜』で精霊の中枢を灼き斬る。どちらも中央部分に肉薄する必要がある。

 天空にいる相手に対するには、自らも空に行くが常道、この四人は空を行く手段は見出せなかった。

「困ったものだ」

 ベリーナイスは腕を組んだ。

「精霊ですか、上位精霊に対するには相手の魔法的な中枢を叩く。あるいは相手を構成している、物質を徹底的に破壊する、もしくは同サイズの上位精霊をぶつけて対消滅させる」

「ねえ、精霊って、この世界と精霊の世界、どっちが好みなの?」

 ベリーナイスの現状整理に、九十九少年は何か言いたそうだ。

「知性がないので好み云々はないだろう。もし精霊界の門が開けばどうしても、あちらに戻ってしまう。

 だが、台空級の精霊を召し還えすほどの精霊界への門を開けるには、この地の魔力が万全でもまだたりないな」

「いや。精霊界につながる門を開ける手段はあるんだよね。ふたつほど」 ベリーナイスの一般論に対し、九十九少年は不敵に目を光らせる。

「嫌な予感しかしないが、何を考えてるの?」

 ブルーベリーも一歩引く。

「覚えたんだよね」

「何を」

「魔力のコントロールってやつを、

 精霊界を一瞬召喚して、台空を吸い込ませよう。召還はアルファ嬢に任せるよ」


「魔力のコントロールさ アルファさんはあくまで予備で」

 九十九少年の周囲に白い柱が立ち昇り、螺旋状に天空を目指した。


◆集中力

「暇つぶしに食事以外のことをしたいやと? なんて文化的なことや」

ブランカ夫人はふくよかになってくる予感を秘めた、九十九少年の下腹を見て、大仰に驚いて見せる。

 とはいえ、運動ができる環境ではなく、精神的なものとなる。

「魔法の基礎、呼吸法と瞑想の訓練をしようや。これ知ってとる?」

 と、親指の先ほどの立方体を出す。

 俗に言うサイコロだ。「サイコロですね、ランダムに一から六までの乱数を出す、特定の面と反対の面で出す数値の合計は七になる様にできています」

 九十九少年は振って見せる。

「このサイコロを頭の中で明確にイメージしてくれや。勢いよう振っても、視点を変えても、数値やカタチがずれへんように」

「よくわからないけど、何の役に立つの?」

「文化的なことは得てして腹が膨れんものや。多分、勘が正しければ、今後の九十九はんの危険度を大幅に減らせるんや」

「私の勘?」

「オンナの勘」

 呼吸法は比較的簡単だった、九十九少年の母親が、カルチャーセンターで覚えてきた、ヨガの腹式呼吸と酷似していたのだ。

 頭の中でサイコロを振っても、数値が乱れなくなった頃、無理な姿勢をしながらイメージのコントロールをするようになっていく。

 現在は胡座をかいたまま、頭で体重を支えるというものだ。


◆螺旋

「さて、ちょっと趣向を変えてみるで」

 ブランカ夫人が厳しい表情で九十九少年に言い渡した。

「精神的なプレッシャーを魔法で与るで。

 ほかせば命を落とすわ」

 続いて九十九少年の頭の中に凍てついた焔めいたイメージが浮かんだ」

「この凍った星のイメージを、自分のイメージで破壊してや、チャンスは一回だけやで。ダメならこれ以上の暇つぶしはなしや」

 言いながら、九十九少年の中に精神的なプレッシャー__生きることをやめたくなる、呼吸の度に絶望が肺腑を満たす__が入り込んできた。

 なぜ自分は生きてきていて許されるのか、そんな自己否定感が脈打つたびに身体を駆け巡る。

 自分の心臓を突き破って、何かが背骨の周囲を螺旋状に駆け登っていく。九十九少年が精魂傾けて視界にその何かを捉えた。

 凍てついた星であった。

 白きプラズマが不動のまま、滅びの星は天空を目指す。

 天頂に達した時、世界の壁を突き破り、十六の精霊界がこの世界と混じり合いながら、滅びの星は深淵で凱歌を歌うだろう。

 九十九少年は“腕”を伸ばし、星を掴んだ。

 握った掌が裂け血が噴き出し、その鮮血もまた、紅蓮に咲き誇る。

 九十九少年の思考がクリアになった。

「九十九、九十九はん! 大丈夫!?」

「腕が冷たい!」

 左腕で右腕を抱える、九十九少年。

 両腕ともに血の通った暖かさであった。

 

◆冒険は続く

 天を目指す白い螺旋柱は砕け散った。

 一瞬だけ永遠に続く、虚空が姿を覗かせ。台空級精霊を吸い込んで、天空は旧に復した。

「すごいわツクモ、まるで魔法みたい」

 アルファ嬢が夜空を見上げて、手を胸の前で打ち合わせる。

「これっきりにしてほしいものだ、心臓が止まるかと思った」

そうごちる、ベリーナイスであった。

「もっとかっこいいやつ使おうよ! 今度は原色バリバリで」

 ブルーベリーは驚きと感嘆を隠さない。

「そうだね、今日はこれくらいにしておこう。明日はわからないけど、今日よりはずっと平和だよ。で、明日はどこに行こうか?」

 九十九少年の言葉を聞いたベリーナイスは漏らした。

「やれやれトラブリングが三人か」

第一部完


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