脚本を書くこと
昔、黒澤明が折に触れて「兎に角、脚本を書きなさい」て言ってた。
脚本を書くっていうのは根気のいることだが、それほど難しい事ではない。「この様に書かねばならない」と決められたように書く必要もない。
小説だって、別に定型文を書くわけでもない。自由なんだ。何らかの束縛を受けることによって自由な思いが花咲かないものだ。
例えば、一人称作品、私小説も実に簡単だ。
日記みたいなものでもいいかもしれない。
「今日、どこ何処に行ってきた」みたいな。
例えば、僕は今電車に乗ってきたんだが、電車が少し遅れた。目的地に正午に到着する予定だったが、正確には1分ぐらいおくれてしまった。
でも、みんな12時の昼食に間に合ったし、「列車3分遅延」と表示されるのは日本ぐらいだ。
そうこう考えていくうちに、部屋のバックミュージックで「金平糖の踊り」が聞こえてきた。次は「芦笛の踊り」だ。つまりチャイコフスキーの「くるみ割り人形」をかけてるんだ。
僕は、わざわざ演奏会に行ってそうした楽曲を聴くんだが、こうして無意識にバックミュージックとして聞く方が自然なのかもしれない。
そういやあ、脚本って音楽を聴きながら書けるっていう利点もあるね。絵だって、描きながら音楽を聴ける。いいねえ。
ほうらこうしていくうちに、45分でこの文章を書いた。
ある友達が「君の書いてるのは会話文だね」と言った。
AがBに話しかけてる。
A「今朝何食べた?」
B「菓子パン。君は?」
A「チューイングガム」
昔のこれまた大監督だった成瀬三樹夫さんが脚本を書いてる。
それを黒澤明が「ちょっと見せて頂けますか?」
それで、みてみると、
「男と女がいて、何か喋ってる」
成瀬さんの頭の中にはそれで成り立っていたんだね。
脚本だからとか小説だからと言って、何もこったことを書く必要はないとおもう。




