魔法陣は本物でした
思い付きで書き始めてみました。
少しでも楽しんでもらえたら幸いです!
この世に生きる一人一人にレアリティがあったら、俺は間違いなく普通だろう。
普通の家庭に生まれて、普通の友達とつるんで、普通の高校に通っている。
多分、多くの人が想像する普通を、俺は体現している。
星二つ程度のキャラクター。
それがこの俺、鈴木アキトという人間だ。
「おお!召喚に成功したようです!」
この普通じゃない現実に少しだけ心が躍り、
「レア度、ノーマルです!」
この普通な結果に、ため息が漏れたんだ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
休日のファミレスや喫茶店なんかに入ると、よく参考書やらを広げた学生の姿が目に入る季節。
そういう姿を見るたびに、あと一年後には自分もあそこに座っているんだろうかと、げんなりした気持ちになる。
そんな偉大なる先輩方を尻目に、俺は身を切る寒さに悪態をつきながら歩く。
王陵学園。
そう書かれたプレートの横を通り過ぎる。
今日は土曜日だから、校舎内に人影は乏しい。
その分校庭からは野太い声が聞こえてくるし、遠くからはラッパの音が自己主張をしている。
ご苦労様です、と誰に対してでもないねぎらいの言葉をかけつつ、俺は目的の教室へ向かう。
『第二多目的室』と書かれた場所にたどり着く。
俺は手慣れた手つきで、引き戸をガラガラとスライドさせた。
「おっそ~~い!!」
教室の中がオープンになると、俺の姿を見た少女が非難の声を上げながらこちらに歩いてくる。
長く艶やかな馬のしっぽが、フリフリと左右に揺れていた。
「アンナ先輩、近いです」
キリリとした目つきが特徴的なこの美少女は、城ケ崎アンナ。
この王陵学園の生徒会長であり、俺のご近所さん。
そのずば抜けた容姿と物おじしない性格により、生徒からの人気はすこぶる高く、噂ではファンクラブまであるらしい。
俺のような平凡な人間では、本来関わり合いになるのも難しい人物だが、たまたま家が近く、小さいころから仲良くさせてもらっている。
「城ケ崎先輩、アキトが困ってますよ」
教室内にはポツンと三つの座席だけがあり、そのうち一つに腰かけた男子生徒が、こちらを見ながら呆れたため息をついている。
生まれ持っての金髪碧眼。
外人とのハーフで、これまた飛びぬけた容姿を持つ男子の名は、小鷹ハルト。
サッカー部のエースだったのだが、一年前に怪我で引退し、それ以降このグループに身を置いていた。
アンナと並ぶとそれはそれは絵になる。
ハルトの手元には小説が開かれていた。
「だって、アキトが遅いのが悪いんだよ」
そんな二人の視線を一身に受ける俺。
俺が唯一普通じゃないことがあるとすれば、学園内でもトップクラスの有名人二人と知り合いであることだろう。
俺がちらりと時計を見ると、間もなく短針が2時を指そうとしていた。
集合は1時半だったから、確かに遅刻である。
「遅れてしまってすみません。通学路でお年寄りのお婆さんが困ってて……」
「そんなベタな言い訳をするな!……と言いたいところなんだけど、アキトの場合多分事実なのよね」
アンナが呆れたように首を振る。
アンナの言う通り、間に合う時間に家を出たのだが、途中で大きな荷物を持ったお婆さんを助けた結果三十分ほど遅れてしまったのだ。
「ま、まあ、そういうところが……なんだけど」
「え、アンナ先輩何か言いました?」
「な、何でもないわよ!それに先輩禁止って何度も言ってるでしょ!」
アンナが顔を紅潮させて、俺の鼻先に指を突き付けてくる。
理由は不明だが、アンナは俺が先輩と呼ぶのを嫌がる。
昔、アンナちゃん、と呼んでいて今でもそう呼んでほしいらしいのだが、高校生にもなってちゃん付けをするのはどこか気恥ずかしく、結局先輩に落ち着いてしまう。
「もう、そんな話はどうでもいいのよ!」
アンナが唐突にパチンと手を叩き、自分の机までとことこと小走りで走っていく。
そして縦長の古めかしい箱に入った何かを取り出した。
「それでは!第…何回か忘れちゃったけど――「二十三回です」――二十三回目の、オカルト研の活動を始めたいと思います!」
アンナが目をキラキラと輝かせて、そう宣言する。
ハルトは小説に栞を挟むと静かに閉じた。
俺は残った自席に荷物を置いて座る。
生徒会長を務めているときの厳格さからは想像もできないアンナの浮かれように、既に慣れた僕とハルトは苦笑を浮かべる。
アンナはファンタジーが大好きで魔法使いに憧れている。
どうにかして魔法が使えないか、魔法が使える世界に行けないかと、日々研究をするのがこのオカルト研だ。
つまるところ、アンナの妄想に僕とハルトが付き合っている構図である。
「で、今日は何をするんですか?」
「ふっふーん、よく聞いてくれました!」
これよ!と言いながら、アンナは手にした箱を開ける。
中から出てきたのは、ところどころが黄ばんだ古い羊皮紙のようだった。
「なにこれ、きたな」
「こら!そういうことを言うんじゃありません!」
ハルトが思わずと言った様子で思ったことを口にすると、アンナがぷりぷりと怒る。
しかしそんなことより、僕はその羊皮紙に描かれているそれが気になった。
「魔法陣……?」
「そう!そうなのよ!」
アンナが興奮したようにこくこくと頷く。
「これ、アンナ先輩が書いたんですか?」
「先輩禁止!…えっとね、家の倉庫を適当に漁ってたら見つけたの」
「あー、確かにありそう」
アンナの家は代々続く由緒ある家系で、何百年も前からそこにあるお屋敷なのだ。
そこには大きな倉庫…というか蔵があり、色々なものが眠っている。
「よく見つけましたね、こんなの」
「ふふん、もっと褒めなさい!」
アンナは機嫌よさそうに鼻を鳴らす。
僕はその魔法陣を注意深く観察する。
「何というか……めちゃくちゃ綺麗ですね」
「え、やだ…どうしたの急に!?」
俺がそう口にすると、何故かアンナが身体をくねくねとさせながら両手を頬にあてる。
アンナの奇行は今に始まったことじゃないので、俺は無視することにした。
「何というか左右対称さというか、黄金比みたいというか…とても計算されて描かれているように感じます」
俺の語彙力ではうまく表現できないが、とにかく『綺麗』なのだ。
適当に描いたのではなく、線の一つ一つに意味が込められているような。
「それで、これはどう使うんですか?」
ハルトが最もな疑問を口にする。
その言葉に、アンナがぽかんとした表情を浮かべた。
「そんなの知ってるわけないじゃない」
「おい」
思わず昔のようなため口が出てしまった。
使い方が分からないのであれば、もしこれが凄いモノであったとしても意味がない。
「私に考えがあるわ!」
アンナはそう言って、胸元の校章を外す。
うちの校章は安全ピンで取り付けるタイプだ。
アンナがピンを抜く。
「大体こういうのって、血を垂らせば何か起きそうじゃない?」
俺たちが止める間もなく、アンナが自分の指に安全ピンを少しだけ刺す。
細く可憐な指先から、ぷくっと血の玉が浮き出た。
そしてそのまま、何のためらいもなくアンナが羊皮紙に指を押し付ける。
「って、ちょ、まッ!?」
羊皮紙が汚れるじゃないかと思った俺は、慌ててアンナを止めようとするが時すでに遅し。
アンナの指は、魔法陣のど真ん中に着陸していた。
「ああ…」
やってしまった、と俺は思った。
一瞬だけ。
「な、なに!?」
突如足元が白く光りだす。
机の真下から発生した光は、地面を伝うように滑り線を引いていく。
やがて気づいた。
「これ、その魔法陣か!?」
瞬く間に、教室の床全てを埋め尽くすほどの光の魔法陣が展開される。
鼓動が、早くなる。
突如として現れた非現実に、脳が追い付かない。
ゴゴゴゴゴ…と教室が軋み、鳴動し始めた。
地震のように揺れる教室の中で、俺は立っていられずバランスを崩して倒れこむ。
「アキト!」
声の方を見れば、俺と同じようにアンナも地面に倒れこみ、緊迫した表情でこちらに手を伸ばしている。
俺は反射的に手を取った。
「…ハル――」
ハルトの方は流石というべきか、立ったままバランスを保っていた。
そんなハルトに向かって僕は手を差し伸べようとした。
しかし、ハルトの手を掴むことはできなかった。
何故なら、目の前の景色が移り変わったから。
そしてそこに、ハルトはいなかったから。
「どこ…ここ……」
俺と手をつなぎっぱなしのアンナが、か細い声で呟く。
自分より混乱している人間を見ると冷静になれるというが、それは本当らしい。
俺は変に冷静な気分で、周囲を見渡す。
まず、足元に見覚えのある魔法陣。
教室で見たものと同じだ。
薄暗い室内の中で、強い輝きを放つ魔法陣が目に痛い。
だが、光源としてはちょうどいい。
周囲は石レンガで覆われているようだ。
あまり日本では見ないような場所。
何かの映画で見た、海外の犯罪者の収容所がこんな感じだったかもしれない。
そして最後に、僕たちを見下ろしている一人の人物…いや、
「おお!召喚に成功したようです!」
喋る骸骨が、ケタケタと喜色ばんだ声を上げた。
「……アンナ先輩、どうやら最初で最後の成功みたいです」
「…え?」
日頃アンナが言っていた言葉。
そして目の前で起きている現実にも、どこか既視感がある。
もちろん、創作の話ではあるが。
どうやら僕たちは異世界転移したらしい。