ヘソクリ硬貨
「ゆうしゃ おきてください」
瞼に刺すような強い光がやっと収まって、ゆっくりと目を開けると、目の前にはシスターのような服装の女の子が立っていた。
「え…?誰!?…」
「いせかいてんいおめでとうございます」
俺の質問には答えず、女の子は抑揚のない声で喋る。
あまりにも非現実的なことが起こっていて気づかなかったが、どうやら俺はバカゲーの世界に転移してしまったらしい。
辺りを見回すと、昔のヨーロッパ風の街並みが広がっていた。起き上がるときに触れた床も、フローリングではなく青々とした草の茂った砂利道だ。
「なんでこうなったんだよ…」
「ゆうしゃさまがゆうかんそうだからです」
人生で一番驚いた出来事だったけど、もはや驚く感情すら追いつけない事態になっていたから、不思議と冷静だった。
最近の小説のブームで【異世界転移】について知ってたのも多少はあるだろうが…。
それにしても、バカゲーなだけあって、綺麗な街並みでもどこかおかしな雰囲気がした。女の子も漢字をあえて全部ひらがなにしてるし。
帰る方法…とりあえずこの不気味な空間から逃げ出したくて彼女に聞いてみた。
「どうやって帰るんだ」
それを聞くと彼女は首を傾げながらこう言った
「うーん まおうをたおしたらかえしてあげる」
「とりあえずついてきてください」
魔王を倒す…?無理難題を言われたが、とりあえず宿屋に案内してくれそうだから俺はついて行くことにした。
「まおうをたおしてください」
暖炉に薪が焚べられた宿屋の一室で、辺りが少し暗くなった頃、彼女はまた話し始めた。
「まおうはじんみんのいのちをおびやかしています。」
彼女がいうには、このゲームも魔王を倒すことが最終目的のゲームらしい。俺がゆうしゃって呼ばれていたから、多分俺しか倒せないのだろう。
「では お願いします」
軽い説明が終わると、彼女は無言で部屋を出ていってしまった。
体の力が一気に抜けて、宿屋の埃っぽいベッドに飛び込む。
異世界転移、謎の女の子、魔王を倒す………
時間が経ってきて今日起こった出来事の整理はできるようになったが、それにしても現実のようには思えない。夢を見ているのか?夢なら覚めてほしい…。
しかもよく考えてみたらこれはバカゲーなのだ。真面目なRPGだったのなら仲間と一緒に敵を倒せばいいと思うが、バカゲーならではの理不尽なゲームオーバーが沢山あるに違いない。
どうせならもっとほんわかしたゲームの世界に行きたかったものだ。
その日は、そう考えながら眠りに落ちた
二日目、俺は宿屋に女の子から貰った変な馬の柄付きの硬貨を宿屋に渡して、外に出た。
____よくわからないまま敵に近づくのは絶対に危ない
いままでのゲームをやってきた勘で、俺は手始めに魔法を覚えることにした。そもそも魔法があるのかよくわからないが…。
幸運なことに、宿屋を出て少し曲がった所に魔法瓶を沢山売ってる露店をみつけた。
紫色の手触りの良さそうな布の上に、黄、青、紫なんかの鮮やかな色の液体が入った魔法瓶がずらりと並んでいる。今までの経験から見ると、黄色は回復アイテム、青は水、紫は特殊アイテムといったところか。初心者がまず買っておくべきなのは回復アイテムだろう。女の子から貰った硬貨を手元に出して、俺は黄色の液体が入った魔法瓶を手にとった。
しかし…
「おい!!!泥棒するなっ!!!!」
少し持っただけなのに、真後ろから思い切りげんこつされた。しかも筋肉ムキムキのおじさんに…。頭が鉄で打たれたみたいに痛む。なんでおまえ魔法屋やってるんだよ。
「9ヘソをだせ」
どうやら、先に硬貨を渡さないと持っていけないらしい。ていうか硬貨の単位がヘソっていうんだ。
「9ヘソクリだ!!!!!」
ゲンコツされるのが嫌だから急いでヘソクリ?という9枚の硬貨を差し出した。それを見るなりおじさんは笑顔に戻り
「へい!おまち!!」
と真っ白な歯を見せながら笑って手を振った。
バカゲーだからやっぱり理不尽だ。値札なんか書いてないしそもそも商品も名前すらわからない。
まて、本当にこれは回復薬なのか…?
バカゲーっていうのは常識が当てにならないことが多い。俺は所持金のほとんどをこれに使ってしまったが、これはなんなのだろうか…。そう考えると急にこの魔法瓶の中身が怖くてしょうがなくなってきた。
誰に聞くべきか…