久方振りの帰国者。
そんなことがあってから、早十日。バーベナから聞かされた話によれば、オーウェンは再び高熱にうなされ食事もままならない状態だったらしい。私には関係のないことだと聞きながらしながらも、やはり動揺していたのかフォークを取り落とし、彼女から非難された。
「キルティエラの娘は、どうやら辺境の修道院へ送られるみたいね。実質流刑のようなものなのに、オーウェン殿下は一切フォローをしなかったらしいわ。まぁ、所詮は愛人に産ませた子だったのだから、誰も庇わなくて当然ね」
「そうですか」
「殿下が気まぐれにここへやって来たのも、彼女の巻き添えを食わないよう我が家に紳士的な対応をしていると、見せつける為ね。どこまで性根が腐っているのかしら」
彼女が憤っているのは、決して私の為ではない。スウォルトの名が落ちれば、自身の息子レイモンドの将来が危ぶまれるからだ。
「あの子は本当に優秀よ。ガドル帝国での評判も素晴らしいし、帰ってくるのが待ち遠しいわ」
鼻高々なバーベナに視線をやりながら、頭の中で二つ年上の義兄の姿を思い浮かべる。これでもかと甘やかされて育った彼は、身体の大きさに比例するように態度も尊大だった。出会った当初私はレイモンドよりも背が高く、もうその時点で気に入らない様子だった。
目元がキツい、可愛げがない、知識をひけらかすなどと、何かにつけて私を貶した。バーベナはもちろんのこと、父までがレイモンドの味方。いつだったか、使用人達が噂をしているのを、偶然耳にしたことがある。
――レイモンド坊ちゃんは、旦那様の実の息子らしいよ。
つまり、私とは異母兄妹。そして、母と結婚するずっと前から、バーベナと関係を持っていた。それは一夜の過ちなのか、引き裂かれた悲恋なのか、その詳細は分からない。
そもそも、バーベナの言うことが真実かどうかも怪しいが、少なくとも父にはレイモンドを実子かもしれないと思う心当たりがあるということ。それに、髪も瞳も私や父と同じ銀髪碧眼。
母が亡くなった今、私は本当にこの家の厄介者でしかない。折檻もなく、充分な衣食住を保障されているだけましというもの。それも全ては、私が腐っても第二王子の婚約者だったから。
きっと次の嫁ぎ先は、碌でもない色情爺の第何夫人か、曰く付きの権力者か。
どちらにせよ、王家から遠ければ遠いほど、私にとっては都合が良い。出来ることならもう二度と、オーウェンの顔など見たくない。
「なんにせよ。貴女は余計なことをしないでちょうだい。これ以上、スウォルト家の名に泥を塗るような真似をしたら、この私が許さないわ」
「はい、分かりました」
静かに頭を垂れると、さっさと部屋へ行けと促される。今日はレイモンドの帰国日で、彼女が私に構っている暇などない。
早朝から芳しい香りが屋敷中に立ち込め、使用人達も忙しなく準備に追われている。彼に会いたくないので、呼ばれるまでは部屋から出ず本を読んで過ごそう。
そう考えながら、自室に戻り一息吐いた私。すると、いくらも経たないうちにすぐさま階下へと呼ばれた。
いつも以上に華美な装飾の施されたその空間には、かつてのレイモンドとは似ても似つかないような美男子が、カウチソファに座り優雅に足を組んでいた。