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安らぐことの出来ない我が屋敷。

♢♢♢

 それから何日もの間、オーウェンは眠り続けた。六年前のあの日と全く同じで、原因は不明。違うのは、私が傍についていないということだけだった。

 四日目の朝、無事に目覚めたらしいと風の噂で聞いたが、見舞いになど行けるはずもない。そしてもちろん、行くつもりも。

 彼には、ココットがいる。私達はもう、婚約者ではなくなった。たとえ正式な手続きはまだでも、心は完全に離れてしまったのだ。

「私は、きっとこうなると心配していたのよ。だって貴女ってば、本当に可愛げがないのだから。オーウェン殿下だって、嫌になるに決まっているわ」

 屋敷の食堂にて、継母お決まりの小言が始まる。広いテーブルの端と端で、私達家族は共に朝食を摂っていた。

 父であるモルトンは、六年前に再婚をした。母が病気で亡くなり、まだいくばくも経っていなかったというのに。ちょうどオーウェンの性格が別人のように変わってしまった時期と重なり、私にとっては特に辛い数年だった。

 もしかしたら私は、家族と上手くいかない苛立ちを無意識のうちに彼にぶつけていたのかもしれない。それに嫌気がさして、私から心が離れていったと。何かしらの理由を付けて、自身を納得させることに必死だった。

 けれどオーウェンは私だけでなく、他者に対する態度も酷かった。使用人を見下し、勉学や視察も疎かにし、第一王子が国王となるのだから自分は関係ないと、国政について碌に知ろうともしない。

 まるで、彼の身体が全くの別人に乗っ取られてしまったのではと思うほど、昔の面影はなくなった。

 実際にはそんなことがあるはずもなく、ただの私の願望でしかない。優しくて穏やかな彼は、すでにもうこの世界には存在しない。

「ちょっとエミリナ、聞いているの?」

「ああ、はい。すみません、お母様」

「私は貴女の為にわざわざ言ってあげているのよ?この先新たな婚約者を見つけなければならないなんて、旦那様にどれだけの苦労をかけるか」

 ふわふわのパンを口に運びながら、忌々しげな顔で私を見つめる。父の後妻であり私の継母でもあるバーベナは、どう贔屓目に見ても私のことが大嫌いだった。

 両親は元々政略結婚で、特に父の方は家族に対する愛情が薄かった。それでも母は献身的に尽くしていたが、精神的な負担が重なりあっけなく散った。オーウェンとの婚約が決まってからは、母自ら私に厳しい淑女教育を施し、どこに出しても遜色のない女性としてのマナーを叩き込んだ。

 そこには確かに愛情があり、私は母のことがとても好きだった。そんな母が亡くなった時私は父を責めたが、返ってきた言葉は実に冷ややかなものだった。


 ――お前も、母親に似て可愛げがないな。


 と。そしてその後すぐ、バーベナとその息子レイモンドがスウォルトの屋敷へとやってきた。気丈な母とは正反対の、庇護欲をそそるような可愛らしい女性。中身は実に強かで、誰もいない時を狙って私に酷い言葉をぶつける。母親がそんな態度なので、レイモンドが私を慕うはずもない。父は二人の味方で、私を邪険にはしないものの気遣うこともなかった。

「まぁ、いいさ。あくまで破棄ではなく解消という名目であるし、あの馬鹿王子とその相手のスキャンダルの方が目立っているおかげで、お前に同情的な声が上がっていることも事実だ。そう遠くないうちに、次の婚約者候補が決まるだろう」

「もう。旦那様はエミリナに甘いのですから」

「はは、その分母親のお前が厳しく躾けてくれ」

 父は笑いながらそう言うと、目の前のワインをくいっと煽る。なぜオーウェンの手綱を握っておかなかったのかと、もっと非難されると思っていた。けれど、父は私にそこまでの興味すら持てないらしい。

「とりあえず、ほとぼりが冷めるまでは学園を休んで家で大人しくしていなさい」

「はい、分かりました」

 淡々とそう口にする一方で、バーベナとこの屋敷で過ごさなければならないと思うと気が滅入る。私には専属の侍女すらおらず、屋敷のメイド達は女主人である彼女の味方。レイモンドが隣国へ留学している為、顔を合わせなくて済んでいることだけがせめてもの救いだ。

 とはいえ、ちょうどこのタイミングで彼の帰国が決まった為に、厄介の種が一人から二人に増えてしまう。今から憂鬱でならないが、それも仕方がないと諦める。

「これからまたエミリナに強く当たられると思うと、私は辛いです」

「心配ないさ。お前のことは、この私が守るから」

「旦那様……」

 継母は、嫌になるほどココットによく似ている。初めの内は、若くして妻を亡くした父に同情するかのように、その大きな瞳いっぱいに涙を溜めていた。そして、悲劇のヒロインぶってまんまとこの家に入り込み、母が作り上げてきた全てを捨て去ったのだ。

「……本当に、人前で泣く女ほど信用出来ないものはないのよ」

 あの日と同じ台詞を呟いて、静かに席を立つ。もはや私など眼中にない二人は、楽しそうに食事を続けていた。

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