オーウェンの真実。
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【オーウェン視点】
ああ、気持ちが悪い。頭がぐちゃぐちゃで、何も考えられない。まったく異なる思考回路が二つ、互いに脳を支配しようと取り合っている。
以前まだ十歳だった頃、僕はその争いに負けた。身体を別の誰かに乗っ取られ、自由に話すことも、動かすことも出来ない。ガラス張りの部屋に閉じ込められたように、ただ外を眺めているだけの無力さ。
なぜか視界だけは共有しているらしく、僕であって僕ではないオーウェンの暮らしぶりが分かる。目覚めて開口一番、僕の大切な婚約者エミリナを傷付けた。
「君は、僕の好みではない」
違う、嘘だ。僕はずっと昔から、エミリナしか好きじゃない。あの時の彼女の哀しげな顔が、今でも鮮明に焼きついている。
それから、オーウェンは数え切れないほどの仕打ちをエミリナに与え続けた。初めの内は、急に倒れたせいで混乱しているだけだと心配していた彼女も、三年経つ頃にはすっかり笑顔が消えていた。
オーウェンの粗暴ぶりは酷く、マナーも教養も常識もない。辛く当たられてもなお、エミリナは僕を正そうとしてくれた。厳しく窘め、行動を改めろと苦言を呈す。
彼はそれが気に入らないらしく、一層エミリナに強く当たった。
可愛らしい女性が好みのようで、手当たり次第に声をかけては耳元で甘い言葉を囁く。見えないガラスをどれだけ叩いても、オーウェンには届かない。
《違う、それは僕じゃない!気付いて、エミリナ!》
喉が枯れるほどに叫んだつもりでも、所詮は頭の中でのこと。誰も中身が僕ではないと気付かないまま、時間だけが過ぎていった。
「貴方は本当に、オーウェン殿下なのですか?私には、まったく別の方に思えてなりません」
「……ふん、何を馬鹿げたことを。自分が相手にされないのを、僕のせいにするつもりか」
エミリナの言葉に、僕は流れもしない涙を流した。キツく冷たい印象に映るかもしれないが、本当は誰よりも慎ましやかで気遣いの出来る素晴らしい女性。怒ると怖いけれど、それはすべて僕の為なのだ。
「いいか、エミリナ。人は変わる生き物だ。君に支配される人生なんて、僕は嫌だ。これ以上、余計な口を挟まないでくれ」
「……申し訳ありませんでした、殿下」
ああ、なんということだ。僕の大切なエミリナが、とても傷付いている。今すぐに抱き締めて違うと言いたいのに、それが出来ない。もどかしさに気が狂いそうになりながらも、彼女から目を逸らせなかった。
「こんな時ですら表情を変えないとは、君は本当に可愛くないな」
オーウェンは、何も分かっていない。表面だけを取り繕って、地位に群がる令嬢達とエミリナは違う。
これだけ酷い扱いを受け、それでも僕の為に必死になってくれる女性など、他にどこを探してもいるはずがないのに。