そこまで言うなら捨てられて差し上げます。
それから六年、必死に耐えた。いつかは昔のオーウェンに戻ってくれるはずだと、そう信じていた。
「僕の運命の相手は、ココットだ。最初から、君なんて好きだと思ったことはただの一度もない」
「オーウェン殿下……」
「さぁ。分かったらとっとと、彼女に頭を下げるんだ!悪役令嬢、エミリナ・スウォルト‼︎」
トドメだと言わんばかりの、勝ち誇った顔。ココットは彼に守られながら、私に怯えたような演技をする。
周囲の人間達も、誰もこの茶番を止めようとはしない。こんなにも理不尽な行いも、王子だからというだけで許されるというのか。
「……いいえ、違うわ。私が彼の言う通り、醜い悪役だからなのね」
ぽつりと呟いた言葉は、誰かの嘲笑に掻き消される。もう、すべてがどうでもいい。私は、頑張ることに疲れてしまった。
「分かりました。私はこの場をもって、貴方との婚約解消に同意いたします」
これはあくまで、婚約解消。一方的な婚約破棄ではなく、互いに同意の上での解消ということ。オーウェンは罰を受けることもなく、堂々とココットを次の婚約者に据えるのだろう。
彼の立場も、ココットの資質の有無も、何もかも私には関係ない。むしろ、六年もよく耐えたと思うほどだ。
家に帰れば、きっと父に叱られる。それでなくとも、ここ一年オーウェンが私ではなくココットを社交の場に連れていくことを、強く非難されていたのだ。
「さようなら、オーウェン様」
せめて、気丈に。死んでも涙など流してたまるものか。
「ああ、せいせいした。僕は頭のいい女が嫌いなんだ」
「オーウェン様とやっと結ばれるのかと思うと、私嬉しいです」
「ココットは本当に、素直で可愛いな」
愛し合う二人は手を取り合い、熱く見つめ合う。オーウェン殿下の指先が彼女の頬に触れそうになったその瞬間。
「お待ちなさい、性悪ココット‼︎」
本当に、このホールは声がよく響く。煌びやかなドレスに身を包んだ女生徒が五人、私と同じ階下から彼女を睨め上げていた。
「私達全員、貴女に婚約者を奪われたのよ!」
「もう、とてもじゃないけれど幸せな生活なんて望めないわ!」
「一体、どう責任を取るつもり‼︎」
いつかはこうなると思っていたが、まさかこのタイミングとは。当の本人はわっと泣き出し、違う違うと首を振る。
「私、勝手に誤解されて困っているのです!お慕いしているのは、オーウェン様ただお一人なのに!」
きっと、この場にいる女性達は皆同じことを思っているだろう。絶対に、自分の婚約者と彼女を近付けたくないと。
「可哀想に、君は魅力的だから仕方ない。誰がなんと言おうと、僕はココットを信じるよ」
「オーウェン様……」
恋に恋する愚かな男を、まんまと言いくるめた。けれど事態は収まらず、今度は彼女達の婚約者五人が血相を変えてやって来た。そして、一斉にココットを詰り始める。約束が違う、婚約すると誓った、キスまでしたのに、と。
これにはさすがのオーウェンも顔色を変え、怯えた瞳で彼女を見つめた。
「キスまでしたのか?僕以外の男とも?」
「ち、違います!私はそんなこと……っ」
後退る彼と、泣きながら縋るココット。これ以上この場にいても時間の無駄だと、私は踵を返して立ち去ろうとする。
私はたった今から、彼の婚約者ではなくなった。どうなろうと、もう関係のないことなのだから。
「エミリナ‼︎」
けれど次の瞬間、オーウェンが私の名前を叫んだ。とっさに振り返ると、悲痛な呻き声と共に頭を押さえてうずくまる彼の姿が視界に映る。
気が付けば私は、ヒールを脱ぎ捨て階段を駆け上っていた。オーウェンの様子はまるで、六年前のあの日の再来のようだった。
「オーウェン様‼︎」
誰よりも早く彼の手を取った私は、ただ狼狽えるだけのココットを押しやると、周囲の者達に素早く指示を出す。
「ちょ、ちょっと!でしゃばらないで!貴方はもう」
「くだらない話は後に。今は殿下のお命が最優先です」
淡々と告げると、殿下をしっかりと支える。案の定、ぐったりと力をなくした体がだんだんと冷えていくのを感じながら、私は唇の端を強く噛み締める。
「……リ、ナ……」
聞き取れない掠れた声と共に、彼の瞳から一筋の涙が零れ落ちた。




