何があっても、乗り越えたいと思う相手。
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人生というものは、一人でも成り立たないが二人でも成り立たない。ことオーウェンは第二王子という立場にあり、人目に晒される以上ありとあらゆる悪意に晒されてしまう。
この六年の横暴ぶりとココットの件で、彼は王族やそれに準ずる貴族達から大いに反感を買っていたが、幸い彼の兄であるグレイ殿下だけはオーウェンの味方だった。
思えば、私を強引に王宮へ連れてきたのも彼であり、あの時はなんて勝手なのだろうと恨めしくも思った。が、結果としてはこうして元の鞘に収まることが出来たのだから、それで良しとしようと自身を納得させた。
「随分とお疲れのようですね、殿下」
「その呼び方をされると、もっと気分が落ち込むよ」
第三庭園の隅、青々と生い茂る木々に囲まれたここは、あのガーデンチェアの次に気に入っていた場所。幼い頃は、オーウェンの定番の隠れ家で、隠れんぼはてんで弱かった。毎回この場所に隠れるものだから、気を遣ってわざと探さないようにしていたのを思い出す。
芝生の上に敷物を敷いて、私達は二人だけの時間を満喫していた。後何日もすれば、私達は学園に戻らなければならない。束の間の幸せを噛み締めながら、疲労を滲ませた彼を労うように見つめた。
「だけど、これは当然の報いだからね。君一人に重荷を背負わせていた分、今度は僕が頑張らないと」
「あ、肩に青虫が」
「ぎゃああぁ‼︎取ってエミリナあぁ‼︎」
「あら、見間違いでしたわ」
大きな体がびょん!と飛び上がり、たちまち私に抱きついてくる。くすくすと笑う私を見て、オーウェンは下唇を尖らせた。
「もう、意地悪」
「嫌いになりました?」
「好きに決まってる」
以前ではありえなかった軽口も、今の彼となら言い合える。表情を取り繕わないというのはとても楽だけれど、反面では怖いという感情も忍んでいる。
オーウェンだからこそ、どんな私でも受け入れてくれる。そんな絶対的な信頼がなければ、とてもこんな真似は出来ない。案外、本当に臆病なのは彼ではなく私なのではと、ぼんやり考えた。
オーウェンの話によれば、この六年はまるで何者かに身体を乗っ取られていたかのように、自由を奪われていたらしい。それが一体どのような意味合いなのか、真実は彼にしか分からない。
けれど私は信じたいと思っているし、万が一そのような現象が起こったとするならば、二度目もないとは断言出来ない。もう少し落ち着いたら、少し調べてみる必要があるかもしれない。
そして仮にオーウェンの虚言だったとしても、受け入れたいと覚悟を決めたのだから、調査の結果何も得られなかったとしても、仕方ないと諦められる。
「エミリナの方は、大丈夫?辛いことを言われたりしていない?」
「ええ、思ったよりは軽かったかと。兄とレオンハート様のおかげですわ」
レオンハートは既にガドル帝国へ帰国しており、特に母はいまだに「なぜついていかなかったのか」と私を責め立てる。兄レイモンドは、意外にも私の肩を持ってくれた。
――レオンハートに頼まれたからな。くれぐれも、エミリナの力になってやれと。
最後まで優しい彼を思うと、心がつきんと痛む。レオンハートがどうか幸せな人生を歩めるようにと、燦々と輝く太陽に願った。
「どうしたの?上を見上げて。眩しい?」
「いいえ、願いごとを少し」
「それは、誰の為に?」
口を噤んだ私を見て、オーウェンは何かを察したらしい。切なげにふにゃりと眉を下げたまま、俯いた。
「あら、何もおっしゃいませんの?」
「……やきもちを焼ける立場じゃないから」
「まったく。それではわざとけしかけた意味がなくなってしまいますわ」
私の言葉を聞いたオーウェンが、ばっと顔を上げる。悪戯が成功した幼子のような笑みを浮かべ、にやにやと彼を見つめた。
「ああ、もう。エミリナには敵わないよ」
「ふふっ、それは結構なことです」
「だって、全部可愛いんだ。髪も顔も手も脚も心も吐息すら、可愛くて可愛くて仕方ない」
極度の照れ屋は相変わらずで、オーウェンの顔は夕日のように赤く火照っている。そのくせ昔とは違い、素直に気持ちを伝えるという技を身につけたようで、事あるごとに思いの丈をぶつけてくるから、非常に厄介だった。
ここのところ色々と大胆な行動に出たはいいけれど、私だって本来は内気で愛情表現が苦手なのだ。好きだと伝えられるのはとても嬉しいけれど、同時に同じくらい恥ずかしかった。
「じ、十分に伝わりましたから。少し距離を空けてください」
「嫌だ。もっとエミリナにくっ付いていたい」
「そ、そんなに顔を赤くしているくせに!」
どれだけ抗議をしてみても、彼は改めてくれない。それどころか、私の首筋に顔を埋めすんすんと鼻を引くつかせた。
「あ……っ、い、息が熱い……っ」
「ちょ、ちょっとエミリナ。そんな甘い声出されたら……」
「オーウェン様がいけないのです!」
声を荒げていないと、頭がおかしくなってしまいそうだった。オーウェンだってそう思っているくせに、頑なに離れない。
「いい匂いがする」
「か、嗅がないでくださ……!」
「それに、柔らかい」
ぷつんと、今はっきり音が聞こえた。羞恥の限界に達した私の体からは、力という力が抜ける。魂さえ手放してしまったのではと思うほど、すでに余力が残っていない。
「もう、む、無理です……、オーウェンさまぁ……」
「エ、エミリナ?エミリナしっかり‼︎」
「刺激が、強過ぎますわ……」
へなへなと彼に縋り付いた私は、なんとそのまま意識を飛ばした。次に目覚めた時には膝枕というものをされており、非常に情けない声を上げながら、再び気絶してしまったのだった。
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