これからは、別々の道。
三日など、長い長い一生のうちのほんの一瞬にしか過ぎない。オーウェンが約束した期日は、もう明日に迫っている。それはすなわち、私がレオンハートと共にガドル帝国へ旅立つということ。
「昨日は楽しかったなぁ。チョコレートを食べて嬉しそうなエミリナが、凄く可愛かった。目をきらきらさせて、僕の分まで欲しそうにしててさ」
「や、止めてください!私はそんなに卑しくありません!」
「違うよ。僕にだけ色んな表情を見せてくれるのが嬉しいんだ」
オーウェンはますます遠慮がなくなり、申し訳なさなどまるで感じていないかのように振る舞う。最初はそれを腹立たしいと感じていたはずなのに、いつの間にか絆されてしまった。
「そうやって私を辱めて楽しむなんて、とんだ悪趣味だわ」
熱くなった顔をぱたぱたと手うちわで仰ぎながら、強い口調で照れを誤魔化す。ちらりと彼に視線を移すと、なぜか哀しげに空を見つめていた。
「急にどうされたのですか?どこかお体の調子でも」
「ううん、違うよ。そうじゃなくて……。これからは、僕じゃない別の誰かが君の笑顔を見ることになるんだなって」
今にも泣きそうに眉根を寄せるオーウェンを、ありったけの言葉で詰りたくなる。一体誰のせいで、こんなことになってしまったのかと。
「私はこの数年、貴方に対して諦めの感情以外を抱いておりませんでした」
ベッドに座る彼と目線を合わせるようにして、カクトワールに浅く腰掛ける。これまでずっとそうしてきたけれど、今だけは違う理由だと半ば無意識に考えた。
「私は悪くない、殿下が悪いと、態度を改めることをしなかった。全てが壊れてしまった今になって省みるなど、意味がないのかもしれませんが」
「エミリナは何も悪くない。ただ僕が、不甲斐ないだけなんだ」
「どちらが悪いという話ではなく、きっと私達は共に歩めない運命だったのです」
そう考えると、なぜだかしっくりときてしまう。彼との出会いすら否定してしまうような、とても楽しい考えだけれど。
「もう、私に対して罪悪感を抱かないでください」
「……エミリナ」
「どうか、幸せになって」
今自分の瞳が潤んでいるのか、そうでないのか、よく分からない。オーウェンの指が私に触れる瞬間、酷く狼狽えたようにそれを引いた。
「あと、一日。今日だけは、僕がエミリナの一番傍にいられる」
彼は自身に言い聞かせるように呟いて、深く俯く。そしてすぐに顔を上げると、にこりと笑顔を浮かべた。
「悲しんでいるヒマなんてないよね。今日は思いきり、楽しいことをして過ごそう」
「お医者様の許可が降りたら、です」
「ええ、エミリナは厳しいなぁ」
互いに核心には触れないまま、ぬるま湯に浸かるようなこの時間を穏やかに過ごそうと必死だった。
オーウェンは、私に何かを隠している。それは当然、この六年間について。最初はココットとの醜聞を払拭する為、私を都合良く利用しているのだと思っていた。
けれど、たった二日を共に過ごしただけで分かる。彼は、まるで別人のようだ。そんなことがあり得るのだろうかと、内心では酷く困惑している。
そしてそれ以上に、嬉しくて仕方がなかった。長い長い旅から生還してくれたような感慨深さを感じ、ともすれば彼から受けた仕打ちの一切を許してしまいそうになる。もしもこれが全て演技だというなら、今度こそ私の心は壊れてしまうだろう。
それでも、オーウェンが「体を乗っ取られていた」と弁明すれば、それを信じたいと思うほどには絆されている。たったひと言、言い訳をしてくれるだけで構わないのに、と。




